3回のTOEICスコアを並べて、私はやっと自分の負けパターンを見た
手帳の後ろのメモページに、数字が3つ並んでいる。2023年11月、545点。2024年5月、560点。2024年11月、555点。1年で15点上がって、その半年後に5点下がった。誤差の範囲だと言われれば返す言葉がない。この1年、私は月900円の発音アプリと月1,000円の単語アプリを行ったり来たりして、合計で2万円以上を払っていた。数字を見つめて最初に浮かんだのは、お金の話ではなかった。「私、この1年で何をしていたんだろう」という、うっすらとした恐怖だった。
スコアが動かないこと自体は、正直そこまで怖くない。怖いのは、動かなかった理由が自分でもわからないことだ。真面目にやらなかったわけじゃない。むしろ通勤電車でアプリを開いた日は多かった。それなのに数字が横ばいということは、私のやり方のどこかが根本から効いていないという合図で、その正体がつかめないまま30歳が近づいてくる。営業事務の仕事は嫌いじゃないけれど、このままでいいのかという問いだけは、日曜の夜になると必ず戻ってきた。
3つの数字を並べて、ようやく気づいたことがある。私はスコアを「勉強量の結果」だと思っていた。だから点が伸びないと「もっとやらなきゃ」と量を増やす方向に考えた。でも記録を見返すと、量はそれなりにあった。足りなかったのは量より、何を測って何を直すかという視点そのものだった。この記事は、その3回分のスコアと、その裏で私が何を怖れていたかの記録として書く。
1回目545点、電車の25分で私がやっていたのは「作業」だった
単語アプリを1日25分、それでも喋れなかった朝
最初のTOEICを受けたのは、単語アプリを始めて4ヶ月経った頃だった。毎朝の通勤、東西線に乗っている25分がまるまる私の勉強時間で、これは我ながらよく続いたと思う。アプリの連続記録は90日を超えていた。単語を4択で選ぶ、正解する、次に進む。テンポがよくて、指が勝手に動く。90日続いたのは、たぶん考えなくてよかったからだ。
ほころびが見えたのは、5月のある朝だった。会社の給湯室で、隣の部署に来ていた外国人の取引先の方に「Good morning」と言われて、そのあとに何か短く聞かれた。たぶん「元気?」くらいの軽い挨拶だったと思う。私は固まった。頭の中には単語アプリで9割正解していた単語が確かにあるのに、口が1文字も動かない。「イエス」とも言えず、曖昧に笑ってお辞儀のような会釈をして、逃げるように席へ戻った。デスクに座って、心臓がまだ速かった。
あの25分で私がやっていたのは、勉強に見える作業だった。4択のボタンを押す動作は、英語を使う行為とはつながっていなかった。単語を「見て選ぶ」ことは何100回もやったのに、「聞いて口から出す」ことは1度もやっていない。給湯室で固まったのは能力の問題ではなくて、単純にその練習をしていなかっただけだ。545点という数字は、たぶん正しく私の状態を表していた。
「1日25分やった」を成果だと錯覚していた
記録アプリに残る連続日数を、私は成果だと思い込んでいた。90日という数字は達成感をくれる。でもその90日で私が声に出した回数は、おそらく0に近い。1日25分×90日で計算すれば37時間以上を英語に使った計算になるのに、実際に喋る練習に使った時間はほぼゼロ。この差が、給湯室の数秒で全部見えてしまった。
安いアプリが悪いわけじゃない。月1,000円で90日続けられたこと自体は、過去の私にはできなかったことだ。ただ、続けやすいアプリほど「考えずにできる動作」でできていて、その動作が英語を話す力に直結するとは限らない。私は続けやすさと効き目を、いつの間にか同じものだと思っていた。
2回目560点、15点の内訳を調べたら「話す練習」が1回もなかった
伸びたのはリーディング、リスニングは横ばいだった
2回目で15点上がったとき、素直に嬉しかった。けれどスコアシートを開いて内訳を見たら、上がったのはリーディングだけで、リスニングは前回とほぼ同じだった。単語を増やせば読解は多少伸びる。それはわかる。でもこの試験の半分はリスニングで、そこが動いていないのに私は「伸びた」と喜んでいた。
この頃、発音アプリも並行して使っていた。月900円で発音を判定してくれるやつで、マイクに向かって単語を読むと点数が出る。悪くはなかった。でも私のやり方は、高い点が出る単語ばかりを繰り返す、というものになっていた。苦手な音は避けて、得意な音で「今日も90点」と満足する。安全地帯をぐるぐる回っていただけだ。
発音を本気で直したいなら、私が避けていた音にこそ時間を使うべきだった。RとLの区別、thの音、母音の長さ。そういう、日本語にない音を1つずつ潰していく地味な作業を、点数の出る画面が代わりに隠してくれていた。発音を音の1つ1つまで矯正するなら、判定と直し方の指示がセットになったサービスのほうが逃げ場がない。speekのような発音矯正に特化したものは、私が避け続けた音を正面から扱ってくれる。
2つのアプリを足しても、口を開く時間はゼロのままだった
単語アプリと発音アプリ、月1,900円分を毎日使っていたのに、560点を取った時点で私が「相手に向かって英語を喋った」回数はまだ0だった。発音アプリはマイクに向かって単語を読むだけで、会話ではない。返事も来ないし、聞き返されもしない。給湯室で固まった原因は、2回目の試験の時点でも1ミリも解消されていなかった。
安いアプリを2つ重ねると、なんとなく手厚くやっている気になる。でも重ねても、同じ種類の練習が2倍になるだけのこともある。私の場合、どちらも「1人で黙々と画面に向かう」練習で、人と英語をやりとりする時間は結局どこにも生まれていなかった。金額を足しても、抜けている1マスは埋まらない。
3回目555点、5点下がって私は自分の記録を数え直した
下がった月、私は前より多くアプリを開いていた
3回目で5点下がったのは、こたえた。伸びないどころか後退した。しかもこの半年、私は前より真面目にアプリを開いていた。連続記録も途切れさせなかった。それで5点下がる。ここで私はやっと、勉強量という物差しを捨てる気になった。
手帳を開いて、この半年で「英語を声に出して人に伝えた回数」を数えてみた。会社の取引先とのやりとりを含めても、片手で足りた。年に数える程度。それ以外の時間はすべて、画面を見て、選んで、次に進む作業だった。9割以上が、私を給湯室で固まらせたのと同じ種類の時間だった。
1年半で2万円以上、時間にすれば通勤の25分を軸に数100時間。それだけ払って、私が最初に喋れなかった場面は何ひとつ変わっていない。スクールで一度お金を溶かした経験があるから、この「払ったのに残っていない」感触は身体が覚えている。安いアプリなら傷が浅いと思っていたのに、金額が小さいぶん、だらだらと長く続けてしまって、気づけばスクールと変わらない総額になっていた。
1回あたりの単価で見直したら、月額の安さは意味を失った
月900円は安い。この数字だけ見れば文句なく安い。でも私が実際に声を出した回数で割ると、話は変わる。仮に半年で意味のある発話練習が20回だったとしたら、月900円×6ヶ月の5,400円を20で割って、1回あたり270円だ。90日で0回だった時期にいたっては、割り算そのものが成立しない。無限に高い。
逆に、毎日確実に喋る練習ができるものなら、たとえ月額が単語アプリより高くても、1回あたりの単価は下がっていく。私が測るべきだったのは月額の数字ではなくて、この「1回声に出すあたりいくらか」だった。3回目のスコアが下がって、ようやくその割り算を自分に許せた。
記録から見えた、私が本当に怖れていたもの
怖いのは金額でなく、払ったものが実感ゼロで消えること
月900円を3ヶ月払って何も残らなかったとき、私が失ったのは2,700円だ。その金額は、正直どうでもいい。ランチを数回我慢すれば取り返せる。私が本当に怖かったのは、その2,700円が消えたことではなくて、消えたことに半年気づかなかった自分だった。開かなくなったアプリのアイコンが画面に残って、それを見るたびに「また続かなかった」という記憶だけが積み上がっていく。この積み重ねが、30歳になる私をいちばん怖がらせていた。
5年、英語を後回しにしてきた。日曜の夜にランキング記事と求人サイトを開いて、月曜には日常に戻る。この繰り返しを何度やったか、もう数えられない。安いアプリを選ぶことは、この繰り返しを1周増やすことでもあった。安さは、失敗のダメージを軽く見せて、失敗の回数を増やす方向に私を押していた。
次に選ぶなら、7日間で「喋った回数」が記録に残るものにする
3回分のスコアと格闘して決めたのは、次に何かを試すなら、7日間の無料体験の間に「私が実際に声を出した回数」を数える、という1点だけだ。判定の点数でも、連続日数でもない。人に向かって英語を出して、返事が来て、聞き返されて、言い直す。その回数が1週間で何回積めたか。それが私の新しい合格ラインになった。
この基準で候補を見直したとき、第二言語習得の理論をベースに毎日のトレーニングを組んでくれるスパトレが目に留まった。単語を見て選ぶ作業ではなく、その日の課題に沿ってアウトプットする形で、講師とのやりとりが軸になっている。7日間の無料体験の間に、私が避け続けてきた「口を開いて返事が来る」時間を何回積めるか、それを自分の手で数えられる。数えられるなら、次に手帳のメモページに残る数字は、スコアより先に「今週喋った回数」になるはずだ。
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今週、手帳の後ろに新しい列を作る
やることは決めた。手帳の後ろ、スコアが3つ並んだページの隣に、新しい列を作る。日付と、その日に声を出して人に伝えた回数。7日間つけてみて、合計が1桁なら、そのやり方は前と同じ場所をぐるぐる回っている。2桁になっていたら、たぶん初めて前に進んでいる。この数字は、545点や560点よりずっと正直に私の状態を教えてくれる。
ランキング記事を開いて閉じるだけの日曜を、今週は1回やめる。月額の安い順に並んだ表を眺めて満足する代わりに、無料体験の申し込みボタンを1つ押して、明日の朝、通勤の25分で口を1回開く。それだけで、私の記録は変わり始める。3回のスコアが教えてくれたのは、量でも金額でもなく、私が数えるべき数字を間違えていたという1点だった。次の1週間で、正しい数字を数え直す。


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