25分のレッスンが終わって、私は自分の声をほとんど覚えていなかった
木曜の夜22時半、仕事から帰ってご飯を食べて、洗い物を済ませて、ようやく座ったパソコンの前で私はレッスンを1本受けた。開始のボタンを押して、笑顔の講師が挨拶して、テキストの写真を見ながらやりとりして、25分後に画面が暗くなった。それだけのことなのに、終わったあとに残っていたのは達成感でも疲労感でもなくて、「あれ、私、今なにを話したっけ」という妙な空白だった。
思い返してみると、私が口から出した英語は本当に少なかった。「Yes」「I think so」「It’s difficult」、あとは講師の説明にうなずきながら「Uh-huh」を挟むだけ。25分のうち、私が実際に音を出していたのは、たぶん合計で数十秒。残りの24分ちょっとは、聞いていたか、テキストを目で追っていたか、次に言う言葉を頭のなかで組み立てようとして間に合わずに沈黙していたか、そのどれかだった。
この夜のことを、私はしばらく「今日は調子が悪かった日」として処理していた。集中できていなかった、体が疲れていた、講師との噛み合わせが微妙だった。次はもっとちゃんとやろう、と思って予約を入れて、また似たような夜を過ごして、また「調子が悪かった」で片づける。それを何回か繰り返して、ある晩ふと気づいた。調子が悪かったんじゃない。25分で数十秒しか話せない形が、最初からそこにあっただけだ。
「サボり癖」を疑う前に、口が動いていた実時間を数えてみた
続かない理由を検索して出てくる記事は、たいてい私の意志の話をしてくる。モチベーションが保てないから、自己管理が甘いから、目的が曖昧なままだから。読むと「たしかにそうかも」と思う。私は単語帳を数ページで止めたし、発音矯正のアプリを3日で閉じたし、無料体験だけ試して有料に進まなかった前科がいくつもある。だから「あなたが弱いから続かない」と言われると、反論できずに黙ってしまう。
でも、その晩の空白は根性で説明がつかなかった。私はサボっていない。ちゃんと座って、ちゃんと画面を見て、ちゃんと25分間その場にいた。にもかかわらず、口から出た英語は数十秒。もし続かない原因が私の怠けだけなら、真面目に受けた日は満足できるはずだ。真面目に受けても空っぽだったという事実が、原因を別の場所に押し出していた。
試しにストップウォッチで測った日
気になったので、次のレッスンでスマホのストップウォッチを横に置いて、自分が英語を発している間だけ手で押して測ってみた。結果は45秒。25分のうちの45秒。パーセントにすると3%にも届かない。9割以上の時間、私の口は動いていなかった。この45秒という数字を見たとき、私は「頑張りが足りない」という言葉が急にうすっぺらく聞こえた。1日25分やっても、実質45秒の練習では、そりゃ半年経っても口は回らない。
週に3回受けたとして、1週間で口を動かすのは2分15秒。1か月でも10分いくかどうか。この量で英語が話せるようになると本気で信じていたなら、続かなかったのは意志の問題ではなくて、そもそも量が足りていなかった。私に必要だったのは、根性を鍛える説教より、口を動かす秒数を増やす仕掛けだった。
そもそも私は、レッスン前の30分で消耗し切っていた
数十秒しか話せない形を作っている犯人を、私は順番に探していった。最初に浮かんだのが、レッスンが始まる前の時間の使い方だ。
ある金曜、私は21時のレッスンを予約していた。ところが20時半ごろから落ち着かなくなる。今日のテーマは旅行のトラブルだった。「荷物が届かなかったときにどう伝えるか」みたいな話。私はテキストを開いて、出てきそうな単語を調べる。lost baggage、claim、counter。ノートに書き出して、頭のなかで例文を作ってみる。「My baggage didn’t arrive」でいいのかな、arriveでいいのかな、come でも通じるのかな。調べているうちに20時50分になって、心臓が少し速くなる。まだ全然覚えられていない。
21時ちょうど、講師が出てくる。私は準備したはずの単語をひとつも自然に出せない。だって、たった10分で詰め込んだ知識は、緊張した瞬間に全部飛ぶから。準備で使ったエネルギーはレッスン本体に一切還元されず、ただ疲れだけが残る。この「準備で先に消耗する」感じが、実は継続を殺していた。
準備コストが高いと、予約そのものが億劫になる
問題はもうひとつあって、この準備が重いと、次の予約を入れるのが怖くなる。「また30分かけて仕込まないといけないのか」と思うと、疲れている日は予約を見送る。見送る日が増えると、そのまま自然消滅する。上位記事は「レッスンが終わったらすぐ次を予約しよう」と言うけれど、予約を鈍らせているのは私のズボラさより、1回ごとの重さだった。
ここで私が変えたのは、準備を頑張ることを諦めて、準備がいらない教材の側に移ることだった。スタディサプリENGLISHの新日常英会話コースを触ってみたとき、ドラマ仕立てのストーリーがあって、そこで使うフレーズを最初に聞いて、まねして声に出して、穴埋めで確認する流れが決まっていた。私が調べて仕込む工程が要らない。教材の側に台本が用意されていて、私はそれをなぞって口を動かすだけでよかった。準備の30分がまるごと消えて、その分を実際に声を出す時間にまわせた。
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「話を回してくれる講師」ほど、私の口を止めていた
次に疑ったのが、講師との時間の使われ方だ。私はずっと「良い講師=たくさん話しかけてくれる優しい人」だと思っていた。沈黙が続くと気まずいから、講師がどんどん質問してくれて、私の詰まった言葉を汲んで先へ進めてくれると、レッスンがスムーズに感じる。終わったあとの満足度も高い。
でもストップウォッチの45秒を見たあと、あの「スムーズさ」の正体がわかった。講師がよく話してくれるということは、私が話す番が減るということだ。私が「えっと」と詰まった0.5秒後に講師が「Do you mean…?」と助け船を出すと、私はその文を自力で組み立てる機会を失う。優しさが私の練習量を削っていた。
気まずさを埋める沈黙の消し方
対人のレッスンには、沈黙を早く消したくなる力が働く。相手がいて、待たせているという感覚があると、正しい文をゆっくり組み立てる前に「Yes」だけで逃げたくなる。私も何度も逃げた。本当は「昨日は残業で疲れていて夕飯を作る気力がなかった」と言いたいのに、組み立てる時間の重さに耐えられなくて「Yesterday… busy」で済ませる。この省略の積み重ねが、45秒を作っていた。
ここで効いたのが、間違えても誰も待っていない環境で先に口を作っておくことだった。スパトレを試したとき、第二言語習得論をベースにしたトレーニングで、瞬間的に英文を組み立てて口に出す練習が組まれていた。相手の顔色を気にしなくていいから、私は「Yesterday, I was so tired from working late that I didn’t feel like cooking」を、詰まっても止まっても、自分のペースで最後まで言い切れた。組み立てを最後までやり切る回数が増えると、人と話すときの逃げの「Yes」が減っていった。
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「恐れずに話そう」が私に効かなかった単純な理由
続かない対策として必ず出てくるのが「間違いを恐れずに場数を踏もう」だ。読むと勇気が湧く。よし、次は恐れずに話そう、と思う。でも実際のレッスンで、恐れる以前の問題が起きていた。恐れる恐れないの前に、言いたい文が口から出てこない。
頭のなかに日本語の「え、それって高すぎない?」があっても、それを英語のどの語順でどの単語で言うのか、その変換が済んでいないと、そもそも発する言葉がない。恐れずに話そうにも、話す弾が装填されていない状態。私は空砲すら撃てなかった。だから「恐れるな」という励ましは、弾を持っている人には効いても、弾がない私には空回りした。
先に弾を作ってから場に出る
この順番を私は逆にしていた。場に出て場数を踏めば弾が増えると思っていた。でも場では45秒しか動けないから、弾はほとんど増えない。先に、人がいない場所でフレーズを口になじませて、変換のスピードを上げておく。それができてから対人のレッスンに出ると、同じ25分でも口を動かす時間がまるで違った。準備で消耗せず、講師の優しさに削られず、逃げの「Yes」を使わずに、自分の文を最後まで言える回数が増える。
恐れの問題が本当に残るのは、弾を装填し終えてからだ。装填が終わっていないうちに恐れを責められても、私にはどうしようもなかった。順番を入れ替えただけで、あの励ましがようやく自分事になった。
今日その場で、45秒を90秒に増やすためにやったこと
タイムリミットのことをよく考える。27歳の私が、いつかワーホリで海外に行きたいと言い続けて、5年が過ぎた。30歳という区切りが視界に入っていて、ここからまた同じように無料体験だけ試して、45秒の夜を積み重ねて、「やっぱり向いてない」で閉じる余裕はもうない。
だから私は根性を鍛えるのをやめた。代わりに、口を動かす秒数を計測できるようにした。やったのはシンプルなことで、まず準備のいらない教材で、決まったフレーズを1日15分だけ声に出す。ストーリーをなぞって、まねして、詰まったら戻ってまた言う。この工程には相手がいないから、気まずさで逃げる余地がない。私は毎回、文を最後まで言い切る。
秒数が見えると、続く理由が変わる
15分やると、私が声を出している時間は5分から7分ある。対人レッスンの45秒と比べて、1回で6分。この差が全部練習量になる。しかも「今日どれだけ口を動かしたか」が自分でわかるので、上達が見えなくて不安になる時間が減った。上位記事は「小さな目標で成果を感じよう」と言うけれど、私にとっての小さな成果は、TOEICの点数でも褒め言葉でもなくて、今日6分間口が動いたという事実だった。
それから、フレーズが体になじんできた週に、対人のレッスンを1本だけ足す。準備は要らない、なじませたフレーズを実戦で試すだけだから。この順番で回すと、私の45秒はゆっくり90秒になり、2分になった。数十秒しか覚えていなかったあの空白の夜が、少しずつ、自分が話した記憶で埋まるようになってきた。
今夜できる最初の一歩
不安は消えていない。30歳までに間に合うのか、ワーホリの英語力に届くのか、確信はまだない。でも、続かない理由を「私の弱さ」に押し込めていたときより、いまのほうが体が軽い。原因が自分の性格ではなくて、口を動かす秒数という数えられる何かだとわかっただけで、打つ手が見えるからだ。
今夜やることは決めてある。準備のいらない教材の無料体験を開いて、ストーリーを1本だけ再生して、出てきたフレーズを声に出す。うまく言えなくていい。誰も待っていない。ただ、あの数十秒を今日は1分にする。それだけを目標にして、私はパソコンの前に座り直す。45秒だった夜を、話した記憶が残る夜に変えていく作業を、今日から少しずつ始める。
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