「不安が消えるまで待つ」という5年の後回しを、また繰り返さないために

海外留学・ワーホリ

去年の11月、私はまた同じタブを開いていた

会社の帰り道、電車がホームに滑り込むのを待ちながらスマホを取り出して、指が勝手に検索窓へ動いた。打ち込んだのは、社会人が仕事を辞めて留学するのが不安だ、という意味の言葉。もう何度目かわからない。去年の11月にも打ったし、その前の年の春にも打った。開いた記事はどれも似た顔をしていて、私はそれをスクロールしながら、心のどこかで安心する準備をしていた。

案の定、最初に出てきたのは再就職の話だった。仕事を辞めて数カ月留学すれば、帰ってきてまた転職活動が要る、新卒のときより厳しい、と書いてある。私は「ほら、やっぱり」と口の中で言った。次にブランクの話。空白期間があると印象が悪い。健康保険も年金も自分で切り替え、住民税も自腹。読み進めるほど、辞めない理由が積み上がっていく。読み終わるころには、22時半の私はすっかり落ち着いていた。「今はタイミングじゃないな」と思えたから。

この「落ち着き」がくせものだった。私は不安を調べに行ったつもりで、動かない許可をもらいに行っていた。記事が並べてくれる不安の一覧は、私にとって危険信号ではなく、免罪符だった。そのことに気づいたのは、27歳の誕生日を過ぎて、30歳まであと3年しかないと数えた夜だ。5年前から「英語やらなきゃ」と言い続けて、5年間ずっとこの検索を繰り返していた。調べた回数だけが増えて、動いた回数は0のままだった。

不安の一覧を眺めて安心する、その反応こそが私の後回しの正体だった

気づいてしまうと恥ずかしい話だけれど、私は検索結果を「読む」というより「使って」いた。再就職が難しいと書いてあれば、それを理由に今年も見送る。手続きが面倒だと書いてあれば、それを理由にもう1年寝かせる。記事の側は親切に不安を潰そうとしてくれているのに、私は潰されたくなかった。不安が残っていてくれたほうが、動かなくて済むから。

これがどういう仕組みか、自分の1日を振り返るとよくわかった。平日の私は9時から18時まで営業事務で伝票と電話に追われて、帰宅は20時前後。ご飯を作って食べて、片付けて、気づけば22時。そこからやっと自由時間なのに、疲れていて英語の教材を開く気力はない。開かない言い訳を探すとき、スマホの検索履歴がちょうどいい相棒になった。「留学は再就職が厳しいらしい」という一行が、教材を閉じる正当な理由をくれる。

つまり私が調べていたのは、辞めて留学することが得か損かではなかった。動けない自分が今度こそ動けるのか、という自分への疑いだ。その疑いに「まだ動かなくていい」という答えを外から供給してもらうために検索していた。損得の記事はその疑いに一切触れない。私が本当に知りたかった一点だけ、どこにも書いていなかった。

だから私はまず、検索する目的を自分に問い直した。次に留学のことを調べたくなったら、「これは情報が欲しいのか、それとも動かない口実が欲しいのか」を先に自分に聞く。この1問を挟むだけで、免罪符の受け取り方が変わった。

「準備してから動け」という正論が、私にとっては最強の先送りボタンだった

どの記事も、不安を並べたあとに「後悔しないためにやるべきこと」を処方してくれる。目的を明確にせよ、帰国後のキャリアプランを先に描け、語学だけでなく技能や資格を持ち帰れ、現地で何を得るかで留学先を選べ。読んだときは、なるほど正しい、と素直に思った。実際、正しいのだと思う。ちゃんと準備した人ほど留学から得るものが多いのは間違いない。

ただ、私みたいに5年間動けていない人間にとって、この正論は毒だった。目的を明確にする、と言われれば「まだ目的が固まっていないから今は動けない」となる。キャリアプランを描け、と言われれば「帰国後のプランがぼんやりしているから、それが見えるまで待とう」となる。技能を持ち帰れ、と言われれば「どんな技能が要るのか勉強してから」となる。準備すべき項目が増えれば増えるほど、動かなくていい理由が増えていく。

去年、私は実際にこれをやった。ノートに「留学の目的」と書いて、その下に何を書けばいいかわからず15分固まって、結局「もう少し考えてから」とノートを閉じた。それきり開いていない。準備しようとしたのに、準備そのものが先送りの装置になった。目的が固まるのを待っていたら、たぶん30歳になる。

そこで私は順番を逆にした。目的が固まってから動くのをやめて、小さく動いてから目的を確かめることにした。理由ははっきりしている。何年も机の上で「目的」を考えても一文字も書けなかった人間が、頭の中だけで答えを出せるはずがない。実際に英語を話してみる、留学の見積もりを取ってみる、そうやって現実に触れたときに初めて、自分が何をしたいのかが少し見えてくる。動くことが準備になる順番に組み替えた。

辞めるかどうかの大決断の前に、私が置いた3つの小さな検証

「仕事を辞めて留学する」というのは、私にとって人生で一番大きな決断のひとつだ。年収も、住む場所も、キャリアも、全部かかっている。だからこそ、いきなりこの決断に挑むのは無謀だと気づいた。跳び箱をいきなり10段跳ぶ人はいない。私はまず、辞めなくてもできる小さな検証を3つ、決断の手前に並べた。

検証1・そもそも私は英語を話すのが本当に好きなのか

5年間「英語やらなきゃ」と言ってきたけれど、私は一度もまともに英語を話したことがなかった。TOEICの勉強を数週間で投げ出した記憶はあるが、外国人と会話した経験はほぼ0だ。留学を語る前に、そもそも自分が英語を話すこと自体を楽しめるのか確かめる必要があった。ここが好きじゃなかったら、留学しても苦行になる。

だから私はオンライン英会話の無料体験を予約した。25分のレッスンを1回。緊張して前日から胃が痛かったけれど、始まってみたら講師がゆっくり話してくれて、私のたどたどしい単語を拾って返してくれた。終わったとき、疲れていたのに少し笑っていた。「これ、意外と嫌いじゃないかも」と思えた。この感触は、どれだけ記事を読んでも得られないものだった。

検証2・お金と時間の現実を数字で見る

不安の大部分は「よくわからない」から膨らんでいた。留学にいくらかかるのか、私は正確な金額を知らないまま怖がっていた。地方の相場も、国による差も、ぜんぶ「なんとなく高そう」で止まっていた。これを数字に変えるだけで、不安の輪郭がはっきりする。

留学費用の見積もりを無料で取れるサービスがあると知って、私はそこで自分の条件を入れてみた。何カ月、どの国、どんなコース。ぼんやりした「高そう」が具体的な金額に変わると、貯金と照らして「これなら1年半貯めれば届く」とか「この国は無理でもこっちなら」とか、現実の話ができるようになった。

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見積もりを取ったからといって留学が決まるわけではない。ただ、金額が見えると「無理だ」が「あと何年で届く」に変わる。この差は大きかった。数字を知らないまま怖がっていた自分が、少し馬鹿らしくなった。

検証3・第三者に自分の状況を話してみる

ひとりで検索を繰り返していると、視野がどんどん狭くなる。同じ不安を同じ角度から何度も見て、答えが出るはずがない。私に足りなかったのは、私の状況を外から見てくれる人だった。休職という選択肢があること、留学のあとに現地で就職する道もあること、そういう情報は自分では拾いきれない。

留学の無料カウンセリングを申し込んで、キャリアの不安も含めて全部話した。仕事を辞めるのが怖いこと、ブランクが怖いこと、30歳がタイムリミットだと思っていること。話しながら、自分の不安が言葉になっていくのがわかった。相手は私の条件に合わせて、休職で行く選択肢や帰国後の道筋を並べてくれた。ひとりで抱えていた塊が、いくつかの具体的な選択肢に分かれた瞬間だった。

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この3つはどれも、仕事を辞める前にできる。会社を辞めなくても、貯金を崩さなくても、今週のうちにできる。大きな決断の手前に小さな検証を置くと、決断そのものが怖くなくなる。情報が増えるからではなく、私が実際に動いた実績が積み上がるからだ。

不安が消えるのを待つのをやめた日、私は不安を抱えたまま予約した

私はずっと勘違いしていた。不安が消えたら動こう、準備が整ったら動こう、と思っていた。でも、不安は消えなかった。5年待っても消えなかった。むしろ待つほど、時間だけが減って不安は濃くなった。あるとき気づいた。不安が消えるのを待つという行為そのものが、私の後回しの中身だったのだと。

だから発想を変えた。不安が消えてから動くのではない。不安を抱えたまま動く。オンライン英会話の体験を予約したとき、私はまだ再就職が怖かったし、ブランクも怖かった。何ひとつ解決していなかった。それでも予約ボタンを押した。押したあとも不安は残っていた。でも、押せた。この「不安があるのに動けた」という1回が、5年間で一番大きな出来事だった。

動いてみてわかったのは、不安の多くは実際に触れると縮むということだ。英語を話すのは怖かったけど、話してみたら講師は優しかった。費用は高そうで怖かったけど、見積もりを見たら計画が立った。辞めるのは怖かったけど、カウンセリングで休職という道を知った。触れる前に頭の中で膨らませていた不安と、触れたあとの現実は、ずいぶん違う大きさだった。

もちろん、全部が消えたわけじゃない。今も転職の不安はある。それでも私は前より動けている。理由は単純で、不安を消すことを目標から外したからだ。不安はあっていい。あってもいいから、今日ひとつ動く。この順番に変えただけで、5年間止まっていた足がやっと前に出た。

今日のうちにできる、後回しから降りる最初の一手

もし私と同じように、何年も検索だけを繰り返して動けずにいるなら、いきなり「仕事を辞める」を決めなくていい。それは一番大きくて怖い決断だから、最後でいい。今日やるべきなのは、もっと小さくて、後戻りできて、それでいて確実に「動いた」に変わることだ。

私が最初にやったのは、オンライン英会話の無料体験を予約することだった。25分、お金もかからない、辞めるかどうかとは無関係。ただ「英語を話すのが好きか」を確かめるための1回。これなら今夜、寝る前の10分で予約できる。予約した瞬間、私は5年間で初めて「動かない側」から「動いた側」に移った。

次にやったのが、留学費用の見積もりを取ることと、無料カウンセリングを申し込むことだった。どちらもお金がかからず、辞める決断も要らない。ただ現実の数字と選択肢を手に入れるための行動だ。この3つを今週のうちにやるだけで、来週の私は先週の私と違う場所に立っている。

大事なのは、不安が消えるのを待たないこと。不安を抱えたまま、今日ひとつ予約すること。私はそれで5年の停滞から降りられた。30歳まであと3年ある。この3年を、また検索だけで溶かすのか、それとも今夜1回予約するのか。差はたった1回のクリックだった。私はもう、不安が消えるのを待つのはやめた。


去年の私に言えるなら、こう言う。その検索は答えをくれない。答えは、25分のレッスンを1回受けた自分の中にしかない。だから調べるのを止めて、予約して。不安は消えないけど、それでいい。不安を持ったまま、今日ひとつだけ動けば、明日の私は少しだけ前に立っている。


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