木曜の夜22時半、私はまた開いたテキストを閉じた
先月の木曜、残業で帰宅が21時を過ぎた。コンビニのパスタを立ったまま食べて、シャワーを浴びて、ベッドに座ったのが22時半。机の上には先週買ったばかりの中学英文法のやり直しテキストが置いてある。表紙に貼ったままの値札シールがまだ剥がしきれていない。ページを開いて、1ページ目の「be動詞の使い分け」を3行だけ読んだ。文字が滑る。頭に入らない。10分と決めていたのに、実際に手を動かせたのは4分くらいで、私はテキストを閉じてスマホを手に取った。
そのとき私が検索したのは、また同じ言葉だった。30代の勉強法。何度目かも数えられない。開いた記事はどれも私を励ましてくれた。遅くない、大人には大人の強みがある、中学文法からやり直せば話せるようになる。読んでいる10分だけは、明日から変われる気がした。そして翌日、私は何もしなかった。テキストはまた机の隅で埃をかぶっていく。
この繰り返しを、私は5年やってきた。20代の後半をまるごと「やらなきゃと思いながらやらない」で使い切った感覚がある。30歳が近づいてきて、さすがに焦っている。でも焦れば焦るほど、また記事を読んで安心して、また始めない。何がおかしいのか、ずっとわからなかった。勉強法が足りないのだと思っていた。もっと自分に合った、もっと効率のいいやり方を見つければ動けるはずだと。その思い込みを、この記事でひとつずつ壊していきたい。
「1日10分でいい」が私に効かなかった理由を、正直に書く
どの勉強法記事にも、終盤に「続けるコツ」という段がある。完璧主義を捨てよう、1日10分から始めよう、通勤の15分を使おう、寝る前の20分をルーティンにしよう。読んだときは、なるほどと思う。ハードルを下げれば続くはずだ、と。
私はこれを本気で試した。去年の秋、朝の通勤電車で単語アプリを開くと決めた。品川で乗り換えるまでの14分、これなら消耗する前だから続くだろうと。初日はやった。2日目もやった。3日目、寝坊して1本後の電車になり、混雑で吊り革につかまるので精一杯でスマホを出せなかった。その日は「今日はできなかった」で終わった。問題は4日目だ。私は電車でアプリを開かなかった。開かなかった理由が自分でもよくわからなくて、ただ、昨日できなかったという事実が、今日やる気を根こそぎ奪っていた。
「1日10分でいい」という言葉は、10分やる日のことしか想定していない。私が崩れたのは、10分すらできなかった日の翌日だった。できなかった日そのものより、そのあとに来る「昨日サボった自分」という感覚のほうが破壊力を持っていた。1回休むと、休んだことへの後ろめたさが積もって、再開のハードルが初日より高くなる。10分から始めても、この後ろめたさの積み上がりには何の手当てもされていない。
時間を短くする処方は、続かなさを「時間がないせい」「気合が足りないせい」として片づけている。でも私の平日の夜に足りなかったのは時間でも気合でもなかった。できなかった日に、私を採点する人が私しかいなかったことだ。自分で自分に×をつけて、その×を見て落ち込んで、落ち込んだから翌日も動けない。この自家中毒みたいなループを、10分という数字はまったく止めてくれなかった。
独学で崩れるのは、意志が弱いからではなく採点者が自分1人だから
スクールに通っていた頃のことを思い出す。あのとき私は続いていた。週2回のレッスンに、仕事でどれだけ疲れていても行った。行かないと決めた日は1度もなかった。今の私と、あの頃の私は同じ人間なのに、なぜあのときは動けて、今は動けないのか。ずっと自分の意志の問題だと思っていた。
違った。スクールに通っていた頃は、私を待っている人がいた。予約した枠があって、キャンセルすれば連絡が要る。受付の人が名前を覚えていて、来たら「お疲れさまです」と声をかけてくれる。私がやるかやらないかを、私以外の誰かが把握していた。その視線が、消耗した夜の私を教室まで運んでいた。
独学に切り替えた瞬間、その視線が全部消えた。テキストを開こうが開くまいが、世界の誰も気づかない。やった日の達成感も自分だけのもの、サボった日の罪悪感も自分だけのもの。この非対称が地味に効く。うまくいった日は「まあ当然」で流れていくのに、できなかった日だけは自分で自分を厳しく採点する。人間は自分にだけは容赦なく減点する。他人にはかけない言葉を自分にはかける。「またサボった」「本当に続かない」「私はこういう人間だ」。この内側の採点者が、独学の最大の落とし穴だった。
だから解くべき問いは「どうすればもっと効率よく勉強できるか」ではなかった。「できなかった日に、私を採点するのを私1人にしないためにどうするか」だった。勉強法を1つ増やしても、採点者は増えない。むしろ新しいやり方を試して3日で挫折すれば、採点材料が1つ増えるだけだ。私が5年間やってきたのは、この採点材料をせっせと集める作業だったのかもしれない。
「もう1つ正しい勉強法を知る」が、続けることにほぼ効かない仕組み
私のスマホのブックマークには、勉強法の記事が30本近く溜まっている。音読のやり方、シャドーイングのコツ、単語の覚え方、おすすめのテキスト。全部読んだ。内容もだいたい覚えている。それなのに、私の英語力は5年前とほとんど変わっていない。
ここに落とし穴がある。勉強法の記事を読むと、頭のなかで「これをやれば伸びる自分」がありありと浮かぶ。この想像が気持ちいい。読んでいる10分間、私はもう英語ができる側の人間になったような感覚を味わう。そして満足する。この満足が曲者で、実際に手を動かす前に「わかった気」が達成感を先取りしてしまう。読んだこと自体が、やらないための言い訳を1つ増やしていた。
もう1つ。勉強法というのは全部「正しい1日のメニュー」の話だ。音読を何回、単語を何語、文法を何ページ。これらは、その1日を実行できる前提で書かれている。実行するかどうかは読者に丸投げされている。レシピは細かく書いてあるのに、キッチンに立つ人がいるかどうかは料理本の外にある。私に足りなかったのはレシピじゃなかった。消耗した夜にキッチンへ私を立たせる何かだった。
だから、新しい勉強法をもう1つ知っても、私の平日の夜は1ミリも変わらない。変わるのは「知っている勉強法の数」だけで、それは動くことと関係がない。この5年でそれを痛いほど確認した。31本目の勉強法記事を読むより先に、私は採点者を外に置く仕組みをどこかに用意しなければいけなかった。
テキストを買い直す前に置いた、私の最初の一手
やり方を変えた。中学文法のテキストをもう1冊買い足すのをやめて、まず「やった日を私以外の誰かが把握している状態」を作ることにした。順番はこうだ。
最初にやったのは、1回きりで完結しないサービスに登録することだった。1人で自分を採点して折れるループを断つには、外から私の進み具合を見ている相手が要る。人と話す時間が定期的に予約として入っていて、行かなければ向こうが気づく状態。これがあの頃のスクールが持っていて、独学が持っていなかった唯一のものだった。ただ、週2回で4.5万円かけて途中で消えていった過去があるので、今度は毎日でも負担にならない金額と、疲れた夜でも起動できる短さを条件にした。
発音については、speekの無料トライアルから入った。発音矯正は1人だと絶対に続かない領域だ。自分の口の動きは自分では採点できないし、合っているのか間違っているのかもわからないまま音読しても、間違ったまま固まるだけだった。他人の耳が入ることで、はじめて自分の音がどうずれているか見える。ここは独学が一番効かない場所だと実感していた。
もう1つ、日々のトレーニングの土台には、第二言語習得の理論をベースに組まれたスパトレの7日間無料体験を使った。ここが良かったのは、25分のレッスンが予約として毎日入る点だ。毎日誰かと話す約束があると、私の夜に「今日やるかやらないか」という判断が消える。判断が消えると、迷って落ち込んで折れるループも起きない。予約があるから行く、それだけになる。あの頃のスクールが私を運んでいた仕組みが、毎日、しかも自宅で再現された。
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順番が大事だった。まず外の採点者を先に確保して、そのうえでテキストを開く。逆だと、また5年前と同じことになる。テキストを買って、1人で開いて、3日で閉じて、私が私に×をつけて終わる。
できなかった日をどう扱うかで、90日目に立っているかが決まる
新しいやり方を始めて、はっきり変わったことがある。できなかった日への感じ方だ。以前は1日休むと、休んだ自分を採点して落ち込んで、その落ち込みが翌日を潰していた。今は、予約したレッスンに疲れて出られなかった日があっても、翌日にはまた予約が入っている。休みが「連鎖」しなくなった。1日の×が2日目3日目に伝染しないだけで、続く確率がまるで違う。
数字で言うと、私が独学で単語アプリを続けたときの最長記録は3日だった。今は同じことを毎日やって、1度も0日連続に戻っていない。途中で1日空いた日は何度もある。でも空いた翌日に戻れている。この「戻れる」を作れたことが、5年間できなかったことだった。
90日という区切りには意味がある。3日でも1週間でもなく、消耗した夜を60回70回とくぐり抜けた先に、ようやく「やるのが普通」の状態に入る。この90日をひとりで走りきれる人は、正直かなり少ないと思う。私はできなかった。だから途中の70日ぶんある「できなかったかもしれない夜」を、誰が私の代わりに拾ってくれるかを先に決めておくことが、テキストのどのページより先に来る一手だった。
もし今あなたが、私と同じように机の隅で埃をかぶったテキストを持っていて、また新しい勉強法を探そうとスマホを開いているなら、その31本目を読む前に、たった1つだけ確認してほしい。あなたがサボった日に、あなた以外の誰かがそれに気づく仕組みが、今の生活のどこかにあるかどうか。なければ、まずそれを作る。勉強法はそのあとでいい。私が5年かけてやっと理解したのは、それだけだった。
30歳まで、私にはまだ時間がある。今度こそ、始めた3日目で終わらせない。できなかった日に私を待っている誰かがいる状態を、私はもう手放さない。


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