金曜の夜21時40分。会社帰りのバッグを床に放り出したまま、私はソファに沈み込んでいた。テレビをつける気力もなくて、指だけがスマホの上を滑る。ホーム画面の隅に、英会話アプリのアイコンがまだ残っている。前に開いたのはいつだったか。通知バッジには小さく赤い数字が並んでいて、それを見るたびに胃のあたりがきゅっとなる。開けば「久しぶりですね」と表示されるのがわかっているから、開けない。
この夜、私は検索窓に「英会話 続かない」と打ちかけて、途中で手を止めた。去年も同じ言葉を打った。おととしも打った気がする。同じ言葉を打っては同じ記事を読み、同じように3日で終わる。この繰り返しの中に、私が見落としている何かがあるとしたら。今日はコツを探すのをやめて、なぜ自分が毎回同じ場所で転ぶのかを、順番に潰していこうと決めた。
「時間がないから続かない」は、いちばんもっともらしい嘘だった
最初に疑ったのは時間だ。仕事が忙しいから続かない。残業で帰りが遅いから続かない。これがずっと私の言い訳だった。けれど手帳を開いて過去2週間を見返したとき、その言い分がぐらついた。
木曜の夜、私は22時から23時半までスマホでドラマの続きを見ていた。金曜はSNSを眺めながら気づけば45分が消えていた。火曜はベッドの中で通販サイトを1時間近くさまよって、結局なにも買わずに寝た。時間がないと言いながら、私は毎日どこかに30分から1時間を落としている。落とした時間を英語に回せなかったのは、時間の総量が足りないからではない。
実際に測った、私の「余っている夜」
1週間、スマホの使用時間を記録してみた。動画に週7時間半。SNSに週5時間。ゲームアプリに週3時間。合計すると15時間を超えていた。英会話に必要なのは1日25分でいい。週にして3時間もあれば足りる。余っている時間は、私の中に確かにあった。
それでも英語だけが後回しになる。理由を突き止めたくて、動画を見る瞬間の自分と、アプリを開こうとする瞬間の自分を、頭の中で並べてみた。動画は指1本タップすれば始まる。次に何を見るかも勝手に流れてくる。私は何も決めなくていい。ところが英会話アプリは、開いた瞬間に「今日は何をやるか」を私に問いかけてくる。教材を選び、レベルを選び、講師を選ぶ。まだ英語を1文も話していないのに、5つも6つも判断を求められる。
疲れて帰った夜の私に、その判断を下す気力は残っていない。時間があってもエネルギーがない。正確には、決めることのエネルギーが枯れている。時間がないという言い訳は、この「決められなさ」を隠すのに都合がよかっただけだった。
「モチベを上げれば動ける」を信じて、私は何度も燃え尽きた
次に疑ったのは、やる気だ。TOEICで高得点を取った人の体験談を読むと、決まって胸が熱くなる。海外で堂々と交渉する動画を見ると、あんなふうになりたいと思う。その勢いで教材を買い、初日は張り切って40分やる。翌日も30分やる。3日目、少し疲れていたので5分で切り上げる。4日目、開かない。5日目、罪悪感で開けない。
この波を、私はもう何度も繰り返してきた。やる気の高いところから始めるほど、落ちるときの落差が大きい。初日に40分できてしまうと、脳が「これが標準」と勘違いする。翌日20分しかできないと、それが後退のように感じられて自分を責める。高く上げたモチベは、翌週にはきれいさっぱり消えていた。
やる気が消える瞬間を、スローで観察してみた
ある夜、開こうとしてやめた瞬間の気持ちを、言葉にして書き留めてみた。「今日は疲れてるから、集中できない気がする」「中途半端にやっても意味がない」「明日まとめてやればいい」。この3つが、判で押したように毎回浮かぶ。
気づいたのは、私が「ちゃんとやる」の基準を高く置きすぎていることだった。25分集中して発音まで気を配って、はじめて学習と呼べる。そう思っているから、疲れた夜の10分は「やっても無駄」に分類されてしまう。無駄だと分類したものを、人はやらない。
やる気に頼る戦略の弱点はここにある。やる気は毎日同じ高さでは供給されない。供給が細い日に「基準を下げて少しだけやる」ができないと、供給が細い日はすべて空白になる。週7日のうち、私が高いやる気を保てる日は多くて2日だった。残りの5日を空白にしていたら、続くはずがなかった。
「相手がいたほうが緊張感が出る」が、私を毎回逃げさせていた
スクールに通っていた頃を思い出す。マンツーマンで講師と向き合う形式だった。人と話す緊張感があるほうが上達する。パンフレットにそう書いてあったし、私もそう信じていた。
実際に始めてみると、私の脳内はレッスンの中身より別のことでいっぱいだった。この講師は前回の私を覚えているだろうか。今日は話が弾まなかったらどうしよう。文法を間違えたら訂正されるのが恥ずかしい。予約した25分のあいだ、半分以上は相手にどう思われるかを気にして過ぎていく。英語を話す練習に来たはずが、気を遣う練習をして帰ってくる。
予約という関門が、私を静かに削っていた
もうひとつ、人が相手だと予約が発生する。金曜の夜に「日曜の20時」を押さえる。その瞬間はやる気があった。でも日曜が近づくにつれ、その枠が重石に変わる。日曜の午後、友達から急に誘われても、20時の枠があるから断る。かといって英語のために予定を空けている自分にも納得できない。当日、少し体調が優れないと感じた瞬間、私はキャンセルボタンを探した。
キャンセルを繰り返すたびに、罪悪感が積もる。相手の講師に申し訳ない。枠を無駄にした自分が情けない。この罪悪感こそが、私を次のレッスンから遠ざけていた。人がいる緊張感は、上達より先に「逃げたい気持ち」を育てていた。
逆に考えれば、相手が人でなければ、この気遣いも予約の重石も生まれない。間違えても誰も見ていない。今日話せなかったからといって、明日気まずくなる相手もいない。予約なしで、思い立った22時にそのまま口を動かせる。私に必要だったのは、緊張感を与えてくれる相手より先に、緊張しなくていい場所だった。
「無料は続かない、お金を払えば本気になる」の落とし穴
お金を払えば本気になる。この理屈で、私は過去に何度も財布を開いてきた。高い月謝を払えば、もったいなくて通うはず。そう思って契約した。けれど「もったいない」という気持ちは、行く動機にはなっても、行かなかったときの罰にしかならなかった。
払った金額が大きいほど、行けなかった夜の自己嫌悪も大きくなる。1回分がいくらか計算して、その金額をドブに捨てたと感じる。罰は行動を止める力にはなるけれど、行動を始める力にはならない。私は「行かないと損」を「行くのが怖い」に変換して、結局アプリすら開けなくなっていた。
まず確かめたかったのは、金額ではなく「摩擦が小さければ私は続くのか」
ここで私は方針を変えた。いきなり高い契約をする前に、摩擦をできる限り削った状態で、自分が本当に続けられるのかを試そう。予約がなく、人に気を遣わず、思い立った瞬間に始められる形式。それを無料の範囲で1週間試して、収支が黒字になる感覚を1度でも味わえるか確かめる。
候補にしたのがスパトレだった。第二言語習得論という研究をベースに、何をどの順でやるかが決まっている。教材を選ぶ判断を私に丸投げしない設計になっていて、開いた瞬間に迷わない。あの「決められなさ」で毎回つまずいていた私には、これが効きそうだった。7日間の無料体験があるので、財布を開く前に自分の体で確かめられる。
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もうひとつ、日常会話から入りたい夜のために、スタディサプリENGLISHの新日常英会話コースも並べてみた。こちらはドラマ仕立てのストーリーを追う形で、続きが気になるから明日も開きたくなる。動画を見る指の動きと、学習を始める指の動きが、ほとんど同じ重さになる。この「明日も開きたい」を作れるかどうかが、私にとっての分かれ目だった。
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今日の夜から、私が実際に組み替えた3つの手順
原因を4つ潰したあと、私は自分の続け方を組み直した。難しいことは何もしていない。摩擦を1つずつ外していっただけだ。
1. 「何をやるか決める」を、前の晩の私に押しつけない
教材を選ぶ判断が、疲れた夜の私を止めていた。だから選ばなくていい形式を選んだ。開いたら次にやることが決まっている状態にしておく。決めるという作業を、その日いちばん疲れた瞬間から取り除く。これだけで、開くハードルが目に見えて下がった。
2. 基準を10分に置き直す
25分やらなければ意味がない、という思い込みを捨てた。今日は10分でいい。むしろ10分でやめる。疲れた夜の10分を「無駄」に分類しないと決めた瞬間、空白の日が減った。10分を7日続けたほうが、40分を2日やって5日空けるより、はるかに前に進む。実際、10分で始めると気分が乗ってそのまま20分続く夜も出てきた。始めさえすれば、続きは勝手についてくることがある。
3. 終わった直後に、できたことを1つだけ声に出す
レッスン後に残るのが「今日も話せなかった」という落胆だと、収支は赤字のままになる。だから終わった瞬間、小さくてもできたことを1つ口にするようにした。「今日はこの言い回しが言えた」「昨日より詰まる時間が短かった」。この一言があるだけで、終わりの気分が変わる。安堵しか残らなかった時間に、ささやかな報酬が生まれる。
この3つを回して2週間が経った頃、私は変化に気づいた。アプリを開くとき、あの胃がきゅっとなる感覚がなくなっていた。開くのが怖くない。開いても責められない。10分で終えても自分を許せる。続けることが、初めて苦しくない作業に変わっていた。
30歳の扉の前で、私が手放したもの
私は今27歳で、30歳までに英語を仕事に使える自分になりたいと、ずっと思ってきた。この目標は美しいけれど、金曜の夜22時の私を1ミリも動かさない。3年後の理想は、今日の10分を後押ししてくれない。今日の私を動かすのは、開いても怖くないという安心と、終わったあとの小さな「できた」だけだった。
ずっと自分を意志の弱い人間だと思っていた。半年もアプリを開けずにいる自分を、根性がないからだと責めていた。でも順番に潰してみてわかったのは、私が弱かったのではなくて、続けようとしていた形式の摩擦が大きすぎただけだった。予約の重石、人への気遣い、判断の負荷、高すぎる基準。これを1つずつ外したら、あんなに続かなかったものが、拍子抜けするほど続いた。
30歳の扉は、意志を鍛え直した人の前ではなく、摩擦を静かに削った人の前に残っている。私はもう根性で自分をねじ伏せるのをやめた。今日の夜、開いても怖くない場所を1つ作る。まずはそこから始めれば足りる。
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