電卓アプリで割り算をしていた夜、私は英語を1文字も覚えていなかった
木曜の夜22時半、残業から帰ってソファに沈んだまま、私はスマホで妙な計算をしていた。2000時間を1日2時間で割ると1000日。それを365で割ると、だいたい2年8か月。ワーホリの申請が30歳で閉じることを思い出して、いま27歳の私に残っているのが3年を切っているとわかった瞬間、指が止まった。
その夜、私はアプリを1つも開かなかった。単語も文法も、発音練習も、何ひとつやっていない。やったのは割り算だけ。あの表を見た人の多くが、たぶん同じことをしている。学習を始める代わりに、間に合うかどうかを計算して、間に合わなさそうだと結論して、そっと画面を閉じる。
私が知りたかったのは、世界の平均的な人が英語習得に何時間かけるかという統計ではなかった。私の残り時間で、私がやりたいこと、つまり海外のカフェやショップで働きながら暮らすことに、間に合うのかどうか。その問いに、2000時間という数字は何も答えてくれない。むしろ、答えを探す気力を奪っていく。
あの表の数字は、米国国務省が外交官を育てる研修から拾ったものだと後で知った。外交官が仕事で使う英語と、私がレジ越しに「袋いりますか」と聞きたい英語は、必要な語彙も訓練の量もまるで違う。同じ「話せる」という言葉に押し込められているせいで、私は自分に不要な重さまで背負って怯えていた。
「話せる」の中身を分けたら、私が要らない部分が半分以上あった
翌週、私は自分が英語で何をしたいのか、紙に書き出してみた。会議を英語で仕切りたいわけじゃない。海外企業と契約交渉をしたいわけでもない。学会で論文を発表する予定もない。書き終えて驚いた。あの2000時間の内訳を占めている大きな塊が、私の人生に1つも関係していなかった。
やりたいことを具体的に並べると距離が縮む
私がやりたかったのは、こういう場面だった。カフェで働いて注文を取る。同僚と休憩中に軽い雑談をする。困っている観光客に道を教える。スーパーで店員に商品の場所を尋ねる。週末に知り合った人とごはんに行く。これだけだ。専門用語も要らないし、複雑な議論を主導する力も要らない。
こうした日常のやり取りで回る英語は、必要な語彙が意外と少ない。よく使う動詞が100語ほど、名詞を合わせても数百語の範囲で、8割方の場面がなんとかなると言われている。問題は語彙の総量より、その少ない語彙を口から出す訓練を積んだかどうかにある。
私が知っている「話せない人」の共通点
会社に、TOEIC800点台なのに海外出張で一言も話せなかった先輩がいる。彼は読むのも聞くのも得意で、メールの英文は完璧だった。それでも現地のホテルでチェックインの受け答えに詰まり、結局スマホの翻訳アプリを出したという。逆に、大学時代の友人は単語をそんなに知らないのに、留学先で友達を山ほど作って帰ってきた。
2人の違いは、口を動かす時間をどれだけ積んだかにあった。先輩は参考書とリスニング教材に何100時間も注ぎ、実際に声を出す練習をほとんどしていなかった。友人は文法があやしくても、とにかく現地でしゃべり倒した。同じ時間をかけても、注ぐ先が違えば3年後に立っている場所が変わる。この事実を、あの年数の表は1文字も教えてくれなかった。
「毎日2時間」の前提が崩れると、計算式は全部意味を失う
2000時間という数字には、隠れた条件がびっしり付いている。毎日欠かさず、集中を保って、正しいやり方で、しかも途中でやめずに続けたら。この「続けたら」が外れた瞬間、割り算の結果はただの数字遊びになる。
私の3日坊主を全部足すと何時間か
私はこの5年で、英語学習を少なくとも6回始めている。単語アプリ、オンライン教材、通勤中のポッドキャスト、朝活の勉強会。どれも2週間から1か月でやめた。ためしに、その全部を足したら何時間になるか計算してみたら、たぶん40時間もいかない。5年かけて、40時間。しかもバラバラに積んだ40時間なので、記憶にほとんど残っていない。
3日でやめた勉強は、その3時間ぶんの学習効果すらほぼゼロに近い。忘却が追い越していくからだ。私が5年間やっていたのは学習ではなく、学習の開始を繰り返す儀式だった。始めては消え、始めては消えを繰り返して、気づいたら26歳が30歳のほうへ近づいていた。
続けられる仕組みは、意志の強さと別の話
私が続かなかったのは、根性がないからだと思い込んでいた。でも、続けられなかった6回に共通していたのは、どれも「自分で決めた時間に、自分で開いて、自分で終える」設計だった。仕事で疲れた日に、その全部を自力でやれる27歳の会社員は、たぶんそんなに多くない。
逆に、勉強会だけは1か月続いた。理由は単純で、水曜の20時に人と約束していたからだ。約束があると、疲れていても行く。この経験から、私は続けるための鍵が意志ではなく外側の仕掛けにあると気づいた。相手がいる、時間が決まっている、行かないと気まずい。この3つがそろうと、私みたいな人間でも動く。
用途を絞ったら、私に必要な時間は数100時間まで落ちた
やりたい場面を紙に書き出して、要らない部分を削って、続く仕掛けを足す。この3つをやった結果、私が本当に積むべき時間は2000時間ではなく、その数分の1で足りるとわかった。カフェで働く英語と道案内する英語に的を絞れば、集中して積めば数100時間の範囲に収まる。
絞り込みは自分1人だと甘くなる
ただ、1つ問題があった。私が自分で「これだけでいい」と決めた範囲が、本当に現地で通用するのか、私には判断がつかない。海外で働いた経験がないから、何が要って何が要らないかの線引きを自分で引くと、たいてい甘くなる。行ってから「これも必要だった」と気づいても遅い。
だから私は、留学やワーホリの経験がある人に相談する道を選んだ。ネイティブキャンプ留学は、オンライン英会話をやりながら留学の相談もできて、費用の見積もりまで無料で出してくれる。私が「カフェで働きたい」と伝えたら、その用途にどれくらいの英語力が要るのか、現地でどんな場面に出くわすのか、経験ベースで教えてもらえた。自分の紙に書いた項目が、抜けだらけだったこともそこで判明した。
費用と期間を先に知ると、逆算が現実になる
見積もりを取って一番よかったのは、あの割り算が現実の数字に変わったことだ。何か月で、いくらで、どこに行けるのか。ぼんやりした2000時間という不安が、具体的な予算と期間に置き換わった瞬間、私の頭の中で計画が動き始めた。数字が怖いのは、それが宙に浮いているときだけだった。地面に降ろすと、ただの準備リストになる。
申込ボタンの前で3回スクロールした私が、その先に進めた理由
去年の秋、私は別の英会話スクールの申込ページで、また固まっていた。月謝の欄を見て、退会条件のページを開いて、そっと戻る。この動作を、その夜だけで3回繰り返した。金額そのものより、続けられなかったらまた無駄になるという記憶が、私の指を止めていた。
「私に向いているか」を1人で決めようとした
私はいつも、始める前に完璧な答えを1人で出そうとしていた。この方法は私に合うのか、この費用は妥当なのか、3年で間に合うのか。誰にも聞かず、自分の頭の中だけで結論を出そうとして、答えが出ないから始められない。この5年、私はずっとこのループの中にいた。
合っているかどうかは、正直やってみないとわからない。でも、いまの私の状況を全部話して、経験のある人に「あなたの場合はこう」と整理してもらうことはできる。私が申込ボタンの前で固まっていたのは、判断材料が足りないのに判断しようとしていたからだった。材料を集める場所があると知っていたら、あんなに何度もスクロールしなかった。
相談は無料で、断っても失うものがない
留学情報館の無料カウンセリングを申し込んだとき、私はまだ行くと決めていなかった。決めていないのに相談していいのか少し迷ったけれど、話してみたら、決めていない前提で一緒に考えてくれた。私の予算、私の英語力、私の残り年数を並べて、いくつかの現実的な選択肢を出してもらえた。押し売りされる気配もなかった。
カウンセリングを受けたからといって、必ず契約しなければいけないわけじゃない。話を聞いて、自分には早いと思えば帰ればいい。私が失ったのは1時間だけで、代わりに手に入れたのは、宙に浮いていた数字が地面に降りた感覚だった。1人で3回スクロールして閉じるより、はるかに前に進んだ。
表を眺める3年と、絞って動く3年は同じ長さじゃない
いま私の手元には、2つの3年がある。1つは、これまで通り検索して、割り算して、間に合わないと結論して閉じる3年。もう1つは、用途を絞って、続く仕掛けを整えて、今日から数100時間を積み始める3年。同じ36か月なのに、終わったときの私はまるで違う顔をしている。
前者の3年後、私は30歳になっていて、ワーホリの扉は閉じている。相変わらず2000時間の表を見て怯えて、けれど英語はあの夜と同じく1文字も進んでいない。5年前と何も変わらない自分を、ただ4歳分老けさせただけになる。
後者の3年後、私はカフェのカウンターで注文を取っているかもしれない。完璧な英語じゃなくていい。観光客に道を教えて、同僚と休憩中に笑って、週末に知り合いとごはんに行く。その程度の英語なら、絞って積めば届くと、いまの私は知っている。
分母は毎日減る。私が計算に迷っている今日も、明日も、残り年数は確実に1日ずつ削れていく。減っていくのを止められないなら、せめて分子を積み始めるしかない。あの木曜の夜、割り算だけして閉じた私を、私はもう繰り返さない。30歳の扉は、表の中ではなく、今日動いた私の前にだけ残っている。
まずやることは、2000時間の割り算をやめること。次に、自分がやりたい場面を紙に書き出すこと。そして、経験のある人に相談して、私の用途に本当に必要な時間と費用を地面に降ろすこと。この3ステップは、今夜の22時半からでも始められる。私が5年かけてやらなかったのは、この最初の一歩だけだった。
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