来週の会議で要る数10文だけを、1000時間の準備から取り出す

英会話サービス比較

金曜16時、私のデスクで鳴った内線が全部を変えた

その電話が来たのは、定時まであと1時間を切った金曜の午後だった。取引先のシンガポールから在庫確認のメールが朝に届いていて、私はそれに返信する下書きを25分かけて作っていた。翻訳アプリで英文を組み、辞書で単語を差し替え、丁寧すぎるくらい丁寧なメールを書き上げて、送信ボタンに指を置いた瞬間だった。内線が鳴った。海外営業部の先輩からで、「さくらさん、いま先方から電話来てるから、担当が戻るまでちょっと繋いでおいて」と言われた。

受話器を取り替えた向こうから、相手の声が英語で流れ込んできた。何を言われているのか、単語はいくつか拾えた。order、shipping、confirm。意味の断片は分かる。でも私の口から出てきたのは「Ah… yes… please… wait」という、文にすらなっていない音の羅列だった。相手は少し間を置いて、もう一度ゆっくり同じことを言い直してくれた。その気遣いが、逆に私を追い詰めた。3秒、4秒と沈黙が続いて、私は結局「hold, please」とだけ言って保留ボタンを押し、先輩のところに駆け寄った。

あのメールは書けた。時間さえあれば、英文を組み立てられる自分は確かにいた。でも電話で求められたのは、書く力ではなかった。相手が話し終える前に、次の一文を口から出す力だった。私は10通のメールを完璧に仕上げられる。けれど1本の電話で、たった1文の返しができなかった。この差がどこから来るのか、その日から私はずっと引っかかっていた。

「英語ができない」で片付けると、たどり着けない場所がある

家に帰って、私はいつもの検索をした。仕事で英語が要るのに詰まる、という悩みを打ち込むと、画面には見慣れた答えが並んだ。上から順に開いていくと、だいたい2つの方向に分かれていた。

「伝わればいい」で気は楽になったが、電話は次も来る

ひとつめは、完璧を目指すなという励ましだった。ネイティブみたいに話せなくていい、単語を並べるだけでも伝わる、ミスを恐れるな。読んでいる間は、確かに肩の力が抜けた。あの金曜の私も、完璧を求めて固まったわけだから、この助言は的を外していない。でも読み終えて画面を閉じた瞬間、気づいた。来週も再来週も、あの電話は同じように鳴る。気持ちの持ちようを変えても、私の口から出る音は変わらないままだ。慰めは受け取った。ただ、月曜の朝には効き目が切れている。

「1000時間やれば話せる」は正しい。でも締め切りがない

ふたつめは、腰を据えて学べという話だった。英語は1000時間で身につく、毎日1時間続ければ3年で到達する、と数字まで添えて書いてある。これも嘘ではないと思う。実際、地道に積み上げた人が話せるようになるのは間違いない。ただ、1000時間という数字には終わりの日付が書かれていない。私が必要としていたのは、来週の火曜に鳴るかもしれない電話で言う1文だった。1000時間の坂道の途中で、その電話は何度も鳴って、何度も私を素通りしていく。

励ましと長期戦、どちらも間違っていない。それでも私の詰まりには届かなかった。理由は単純で、私が困っているのは「英語力が全体的に足りない」ことより、「営業事務の私が使う数十文を、その場で口から出せない」という、もっと狭くて具体的な穴だったからだ。広い処方箋は、この小さな穴を埋めるようにはできていない。

営業事務の私が本当に使う英文は、驚くほど数が少ない

あの電話のあと、私は1週間、自分の仕事で英語が要る場面を全部メモに書き出してみた。メールの返信、電話の取次、たまにあるオンライン会議での一言。書き出してみて拍子抜けした。1週間で英語を使った場面は、多くても8回か9回。そのうち文のパターンは、指で数えられるくらいしかなかった。

メールで詰まる場面は、骨組みを覚えれば毎回使い回せた

海外取引先からメールが来て、まず受け取ったと返す。ここは Thank you for your email regarding ___. という骨組みに、相手の用件を1語入れれば終わる。納期を答えるときは We expect to ship by ___. の空欄に日付を入れるだけ。折り返しの時間を伝えるなら I’ll get back to you by ___. で足りた。悪い知らせを返すときは Unfortunately, から始めれば、あとの言葉がすっと続く。添付を案内するなら Please find ___ attached. の順番を覚えるだけでいい。

これらは毎回考えて作る文だと思い込んでいた。でも書き出してみると、変わるのは空欄に入る単語だけで、骨は同じだった。私が25分かけていたメールも、骨を覚えていれば5分で書けたはずだ。覚えるのは骨の部分だけで、そこに差し込む中身は毎回違っていい。この気づきだけで、メールの詰まりは半分消えた。

電話で必要だったのは、会話をつなぐ3文だけだった

問題は電話だ。でもこれも書き出してみると、私に必要だったのは会話を延々と続ける力ではなかった。担当が戻るまでの数十秒を、つなぐ力だった。Could you hold on a moment? という保留の一文。I’ll transfer you to the person in charge. という取次の一文。相手の言葉が聞き取れなかったときの Could you say that again, please? この3文があれば、あの金曜の私は「hold, please」と詰まらずに済んだ。

会議での即興も同じで、意見を求められて答えに詰まったときの Let me check and get back to you. さえ口から出せれば、その場は乗り切れる。私が身につけるべきだったのは、無限に広がる英語力ではなく、営業事務という職務のなかで実際に使う、この十数文だった。的がこれだけ狭ければ、1000時間もいらない。

覚えた英文が口から出ない、その正体を突き止めた

骨組みも逃げ文も、紙に書けば覚えられる。じゃあなぜ電話であの3秒が生まれたのか。私はそこをもう少し掘ってみた。

頭で知っていることと、口が動くことは別だった

あの金曜、私は Could you hold on a moment? という文を、実は知っていた。学生時代のテキストで見たことがあるし、意味も分かる。でも相手の声が耳に飛び込んできた瞬間、その文は頭のどこにも見当たらなかった。知識としては持っていたのに、口が動かなかった。この差は、黙読と音読の差に近い。目で追って理解できる文と、相手を前にして0.5秒で口から出せる文は、まったく別の技能だった。

私がこれまでやってきた勉強は、全部が前者だった。テキストを読む、単語を覚える、リスニング音源を聞く。どれも入力する練習で、口から出す練習が1度もなかった。だから本番でいきなり出せと言われても、動くわけがなかった。25万円かけて通ったスクールでも、私はほとんど先生の話を聞いていた。話す時間は1回のレッスンで数分あったかどうか。あれでは口が本番仕様にならない。

足りなかったのは、その数十文を声に出した回数だった

結論は単純だった。私に足りていたのは、営業事務で使う十数文を、声に出して繰り返した回数だ。頭で分かる状態から、相手がいても反射で出る状態まで持っていくには、その文を口で何度も転がすしかない。1文を10回言えば、11回目は考えずに出る。20回言えば、電話が鳴ってもその文が真っ先に浮かぶ。

この練習は、独学だと続かない自信があった。1人で英文を音読していても、正しく言えているのか分からないし、相手がいない緊張のない状態では、本番の反射は鍛えられない。私が保留ボタンを押したときの、あの心臓が跳ねる感覚は、部屋で1人音読していても再現できない。誰かに聞かれている、返事を待たれている、という状況のなかで口を動かして初めて、本番で使える回路ができる。

相手のいる場所で、私の十数文だけを撃ち続けた

そこで私が選んだのは、狭い的に絞って、それを相手のいる環境で何度も口に出す方法だった。英語力全体を上げる講座ではなく、営業事務の私が詰まる場面を、実際の会話のなかで繰り返す。この方針で2つのサービスを試した。

予約なしで、思い立った瞬間に電話の練習を積んだ

まず使ったのが、回数無制限で予約もいらないサービスだった。私が電話に詰まった原因は、練習量の圧倒的な不足にあった。だから量を稼げる環境が要った。仕事から帰った22時半でも、休日の朝でも、思い立った瞬間にレッスンを始められる。私は先生に「電話取次の練習をしたい」と伝えて、保留と取次の3文を、シチュエーションを変えながら何度も言わせてもらった。1日25分を続けて、1週間で7回。同じ3文を、違う相手の言い方に対して繰り返すうちに、耳が言葉を待たなくなった。

予約がいらないおかげで、続けるハードルが低かった。やる気が出た瞬間に始められるから、あの金曜のような詰まりを想像しては、繰り返し練習に戻れた。まず無料で試してみて、自分の狭い的が撃てるかを確かめるのに向いている。

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正社員の先生に、営業のメールと会議を集中的に見てもらった

量に慣れてきたあと、次に質を上げたくなった。私のメールの骨組みが本当に自然なのか、会議での言い回しが失礼にならないか、そこを腰を据えて直したかった。そこで選んだのが、教師が全員正社員で、教える経験を積んだ先生に習えるサービスだった。アルバイト講師だと当たり外れがあると聞いていたので、指導が安定している環境を選んだ。

先生に自分の職場の状況を説明して、実際に送ったメール文をその場で添削してもらった。Thank you for your email regarding という私の骨組みに、先生は「ここはもう少し柔らかくできる」と別の言い方を教えてくれた。会議で使う Let me check and get back to you. も、発音のどこを強く言えば聞き取ってもらえるかまで指導が入った。狭い的を、より正確に撃てるように磨いていく作業だった。

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量で反射を作り、質で正確さを上げる。この2段構えで、私の十数文は本番で使えるものになっていった。どちらも無料で試せるから、自分に合うほうから始めればいい。


3週間後、また鳴った電話を、私は保留にしなかった

練習を始めて3週間ほど経った、木曜の午後だった。また海外の取引先から電話が回ってきた。あの金曜と同じ状況で、担当が席を外している。受話器を取ると、相手が早口で用件を話し始めた。心臓は今回も跳ねた。でも私の口は、待たずに動いた。「Could you hold on a moment? I’ll transfer you to the person in charge.」何度も転がした文だから、考える前に出た。相手は「Sure, thank you」と返して、私は落ち着いて担当に繋いだ。

たったこれだけのことだった。会話を長く続けたわけでも、難しい交渉をこなしたわけでもない。ただ十数文のうちの2文を、詰まらずに口から出しただけだ。でもあの金曜の私と、この木曜の私を分けたのは、まさにその2文だった。英語力が全体的に上がったわけではない。私は今でも、映画を字幕なしで観る力はないし、ネイティブと雑談を続ける自信もない。それでいい。私の仕事に要るのは、その広い力ではなかった。

27歳の私には、30歳までにという勝手なタイムリミットがある。あと3年で英語をものにしたい、と漠然と焦っていた時期は、いつも1000時間の坂を見上げては、その大きさに足がすくんでいた。今は違う。坂の全部を登る必要はなかった。来週の会議で要る数文を、今週のうちに口に出して固める。この積み重ねだけで、目の前の仕事は回り始めた。

もし今、あなたが一通の英語メールや、来週の会議のスケジュールを前にして固まっているなら、英語力全体を悩む前に、自分の職務で実際に使う十数文を書き出してみてほしい。数えたら、きっと拍子抜けするくらい少ない。その少ない文を、相手のいる場所で声に出して繰り返す。それだけで、3週間後のあなたは、鳴った電話を保留にせずに済む。1000時間の準備は要らない。要るのは、来週使う数文を、今日から口に出すことだった。


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