木曜の夜22時半、洗い物を終えてソファに戻ると、また同じことをしていた。ブラウザに残ったままのタブが7個、そのうち5個が留学サイトだった。カナダの語学学校の学費比較、オーストラリアのワーホリ体験談、フィリピンの格安留学ランキング。どれも1度は最後まで読んでいる。読んだのに、何も残っていない。良さそうだと思ったページをブックマークして、明日また見比べようと決めて、そのまま閉じる。この動作を、私は何年繰り返してきたんだろう。
27歳。営業事務で東京勤務。5年前から「いつかワーホリに行きたい」と言い続けている。言い続けているだけで、退職の決心も、費用の見積もりも、行く国も、何ひとつ決まっていない。30歳という締切がじわじわ近づいてくる感覚だけが、はっきりある。
留学サイトを閉じるとき、私が本当に手放しているもの
「留学 遅い 社会人」で開いた記事はどれも似ていた。まず年齢の不安をほどきにかかる。留学に年齢制限はない、30代の留学者はこの数年で増えて全体の13%になった、短期留学も充実してハードルは下がった、だから遅くない。次に社会人の強みを並べる。目的がはっきりしている、資金に余裕がある、忍耐力がある。最後に段取りを教えてくれる。目的別に語学かMBAか選び、行き先はアメリカかオーストラリアかフィリピン、周囲には早めに説明を。
読み終わると、少しだけ肩の力が抜ける。30歳でも遅くないんだ、私には社会人の強みがあるんだ、と。親切な記事だった。それでも翌週の木曜、私はまた同じ検索窓の前にいた。何度慰められても、動く方向に体が向かない。
閉じるボタンを押した瞬間に手放していたのは、記事の情報ではなかった。「今日決めるはずだった」という細い緊張感だ。開いたときは、今夜こそどこかを決めようと思っている。読み進めるうちにどこも良く見えてきて、比較しきれなくなって、また来週にしようと先送りする。その先送りを、記事の「遅くない」という言葉が優しく後押ししてくれる。急がなくていいなら、来週でいい。来週も同じことを思う。
「遅い」で検索した私が確かめたかったこと
検索窓に「遅い」と打ち込んだとき、私は年齢の損得表を求めていなかった。記憶力がどれだけ落ちるかも、帰国後の就職に響くかも、正直どうでもよかった。それは留学すると決めた人が次に悩むことで、行くか行かないかすら決められない私には、まだ遠い話だ。
私が確かめたかったのは、たった1つ。「また今年も決められないまま夏が終わる予感」に、どう抗えばいいのか。年齢が不利かどうかを何度説明されても、この予感には届かない。決められなさは年齢の問題ではないからだ。
「30代でも増えている」という統計が、私を動かさなかった理由
統計を見せられると、一瞬だけ安心する。30代の留学者が13%いるなら、私だけが浮いているわけじゃない。でもその安心は、日曜の夜には消えている。月曜の朝、満員電車に押し込まれながらスマホを開いても、13%という数字は私の指を1本も動かさなかった。
数字が動機にならないのは、私の問題が「行っていいか」ではなかったからだ。行っていいのはとっくにわかっている。5年前からわかっている。わからないのは、どこに、いつ、いくらで、どうやって行くのか。統計はこの4つに何も答えてくれない。むしろ「みんな行けているのに私は」という自己嫌悪を1枚上乗せするだけだった。
「社会人は目的が明確」という前提から私は外れている
記事は決まって「社会人経験があるぶん目的がはっきりしている」と書く。読むたびに小さく引っかかった。私の目的は、はっきりしていない。英語を話せるようになりたい、とは思う。けれど何のために話したいのかと問われると、答えが出てこない。転職に使いたいのか、海外で働きたいのか、ただ自信が欲しいのか、自分でもわからない。
目的が明確な人向けに書かれた段取りは、目的が持てない私を最初の1歩でつまずかせる。「目的別に語学かMBAか選びましょう」と言われても、目的が定まらないから選べない。選べないまま、また比較ページを開く。この空回りを、記事は想定していなかった。
比較を続けること自体が、先延ばしの正体だった
メリットとデメリットを天秤にかける。これが賢い進め方だと思っていた。カナダは治安がいいけど学費が高い、フィリピンは安いけど発音が心配、オーストラリアはワーホリ制度が手厚いけど都市によって物価が違う。ノートに書き出したこともある。書き出すと、なぜか満足してしまった。
調べて、比べて、メモを取る。この一連の作業は、動いている実感をくれる。実際には1ミリも近づいていないのに、頭は「今日も留学のために頑張った」と錯覚する。天秤に載せ続ける限り、私は決断の手前で安全に止まっていられた。比較は、決めないための最も居心地のいい隠れ場所だった。
決断が30歳まで止まる仕組みを、意志の弱さのせいにしない
自分を責めていた時期がある。私は意志が弱いから決められないんだ、と。でも意志の問題なら、5年間ずっと弱いままというのは説明がつかない。仕事では締切のある業務を回している。飲み会の店だって当日に決められる。留学だけが決まらないのには、別の理由があった。
留学の決断には、先延ばしを許す条件が3つ揃っている。1つ目、締切がない。行こうと思えば来年でも再来年でも行ける、と誰もが言う。2つ目、正解が選べない。どの国にも良い面と悪い面があって、100点の選択肢は存在しない。3つ目、情報収集で満足感が得られる。調べる行為そのものが達成感をくれてしまう。この3つが重なると、決断は永遠に延期できる。
3年前の資格試験で、私は同じ止まり方をしていた
思い返すと、24歳のときにも似たことがあった。簿記の資格を取ろうと決めて、参考書を3冊買った。どのテキストが評判いいか、通信講座と独学どちらが効率的か、試験は6月と11月どちらの回を受けるべきか。比較サイトを何日も読み込んだ。テキストは開かないまま、比較だけが進んだ。
結局、申し込みの締切を過ぎて、次の回にしようと先送りし、その次の回も逃した。3冊のテキストは本棚で色褪せた。あのとき私を止めていたのも、意志ではなかった。締切を自分で握れず、どの教材が正解かを永遠に確かめようとして、確かめる行為で満足していた。留学で起きていることと、寸分違わない。
「まだ間に合う」の余白が、そのまま決めない余白になる
記事の「今からでも遅くない」は、優しい言葉だ。でもその優しさが、私の先延ばしにぴったりの燃料になっていた。まだ間に合うなら、今日決める必要はない。来年の私が決めればいい。来年の私も同じことを思う。
間に合うという言葉には、いつまでに、という期限が抜け落ちている。その抜けた部分に、私の「また来週」がすっぽり収まる。3つの先延ばし条件のうち、最初の「締切がない」を、記事はむしろ強化していた。安心させることで、動かなくさせていた。
ワーホリだけは締切がある。31歳の私に残されないもの
ここでひとつ、はっきりさせておきたい事実がある。ワーキングホリデーには年齢制限がある。多くの国で30歳までだ。オーストラリアもカナダも、申請時点で30歳以下という条件が付く。31歳になった私には、この制度そのものが使えなくなる。
「今からでも遅くない」と書く記事は、この締切にほとんど触れない。触れないから、私も直視せずにきた。でも計算してみると、話が変わる。27歳の今から準備を始めても、退職の調整、貯金、ビザ申請、渡航まで含めれば1年半から2年はかかる。逆算すると、決断できる期限は思っていたよりずっと近い。
「留学は年齢制限がない」という言葉は、大学や語学学校の話だ。それを聞いて安心した私は、自分が本当に行きたいワーホリには明確な締切があることを、都合よく忘れていた。年齢を慰められて安心し、締切を持つ唯一の選択肢を後回しにする。この皮肉に、5年間気づかなかった。
1年先送りすると、具体的に何が消えるか
28歳で申請すれば、現地で職探しをする余裕がある。29歳ならぎりぎり。30歳の誕生日直前に申請すると、渡航後の滞在期間が制度上短くなる国もある。31歳では申請すらできない。1年後回しにするたびに、選べる国が減り、現地で使える時間が削れていく。
これは年齢が不利になるという抽象論ではない。私が今もっている選択肢が、1年ごとに実数で減っていくという話だ。記憶力が落ちるかどうかより、ずっと切実で、ずっと具体的だった。
決断を自分の意志から外に出す、今週やれる一手
先延ばしの3条件を思い出すと、私が変えられるものが見えてくる。正解が選べないことも、情報で満足してしまうことも、私1人の意志では崩せなかった。でも「締切がない」だけは、外から作れる。自分で握れない締切を、誰かに握ってもらえばいい。
決断を意志の力で押し切ろうとするから、5年間動けなかった。意志に頼るのをやめて、決めざるを得ない状況に自分を放り込む。具体的には、期限のあるカウンセリングを予約して、そこで見積もりと出発時期を第三者と一緒に固めてしまう。1人で比較ページを開いているうちは、永遠に何も確定しない。人と話すと、その場で「じゃあ来月末までに退職を相談しますね」と口に出すことになる。口に出した瞬間、それは私の締切になる。
費用の輪郭を、比較サイトの外で1度だけ確かめる
私がずっと恐れていたのは、費用の全体像がつかめないことだった。100万かかるのか200万かかるのか、比較サイトの数字は幅がありすぎて、いつも不安のまま閉じていた。この不安を放置していたから、決められなかった。
だから最初にやるのは、自分の条件で正確な見積もりを1本取ることだ。ネイティブキャンプ留学なら、行きたい国と時期と期間を伝えれば、費用の無料見積もりを出してくれる。曖昧な相場ではなく、私の場合の数字が出る。数字が出れば、貯金の逆算ができる。逆算ができれば、出発時期が決まる。ここが比較地獄から抜ける最初の穴だ。
目的が決まらない私こそ、人に話して決める
「目的が明確な社会人向け」の段取りから外れていた私に必要なのは、1人で目的をひねり出すことではなかった。目的がぼんやりしたまま、その状態をそのまま人に話すことだ。転職に使いたいのか自信が欲しいのかわからない、と正直に伝えると、カウンセラーは質問を返してくれる。質問に答えていくうちに、自分でも見えていなかった輪郭が浮かんでくる。
留学情報館の無料カウンセリングは、行き先も目的も決まっていない段階で受けていい。決まっていないから相談するのだ。ここで出発の候補時期を口にすれば、それが外から与えられた締切になる。5年間握れなかった締切を、私はこの1回で手にできる。
遅さを測る物差しを、年齢から迷える回数に替える
「30歳は留学に遅い年齢か」という問いに、私はもう答えを求めていない。年齢が不利かどうかは、動いた後の人が悩めばいい贅沢だ。私が今、自分に向けるべき問いは違う。あと何回、迷う夏を繰り返せるか、だ。
27歳の今から数えて、ワーホリの締切までに決断できるチャンスは、そう多く残っていない。1年に1回、日曜の夜に体験談を読んで月曜に日常へ戻る、その1周を消化するたびに、選べる国と現地で使える時間が実数で減る。この計算を目の前に置くと、「遅くないから急がなくていい」という言葉が、どれだけ危うかったかがわかる。
今夜も私はブラウザに5個の留学サイトのタブを開いている。いつもならここで見比べて、良さそうだと思って、閉じる。今日は順番を変える。比較ページを閉じて、見積もりフォームか、カウンセリングの予約ページを開く。5年間の反復を止められるのは、次の比較記事ではない。自分の外に締切を1つ作る、その動作だけだ。
迷う夏を、もう1回増やすかどうか。決めるのは今週の私で、来年の私ではない。
ワーホリに残された期限は、年齢の慰めが思わせるほど遠くなかった。1人で開く比較ページはもう十分読んだ。次に開くのは、私の条件で数字が出る見積もりと、口に出した時期が締切になるカウンセリングだ。この2つを今週のうちに1つでも予約したら、5年間止まっていた地点から、私はやっと1歩前に出る。
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