「意味ない」を5回検索する前に、私が問うべき1つのこと

英語コーチング

会社帰りのコンビニで、レジ横のイートインに座って、スマホの検索履歴をさかのぼったことがある。「英語コーチング 意味ない」で始まる履歴が、去年の11月、今年の2月、5月、先月、そして昨日、5回並んでいた。日付だけ違って、あとは全部おなじ言葉。5回検索して、5回とも申し込まずに閉じている。私はこの5回で、いったい何を確かめたかったんだろう。確かめるつもりで開いて、確かめないまま閉じる。この繰り返しに、そろそろ名前をつけたほうがよさそうだった。

私が5回検索して、5回とも「安心して」閉じた理由

検索結果に出てくる記事は、どれも親切だった。料金が高いですよ、コーチが直接教えてくれるわけじゃないですよ、終わったら続かない人が多いですよ、と丁寧に注意してくれる。読み終わると、私はいつも少しほっとしていた。「そうか、意味ないらしい」と。この「ほっとする」がずっと引っかかっていた。本気で英語をやりたい人間が、意味ないという結論を読んで、なんでほっとするのか。

答えははっきりしている。私は英語コーチングが効くかどうかを調べに来ていなかった。効かない理由がほしくて来ていた。今日も英語をやらない理由を、自分の怠けからではなく、外側の「サービスの欠陥」から調達したかった。「私が続けられないんじゃなくて、そもそもこのサービスに意味がないんだ」という言い訳を、記事に代わりに言ってもらう。5回の検索は、決断を先送りするための儀式だった。

この癖に気づいたのが、去年の冬だ。当時つき合っていた同僚に、TOEICの点を聞かれて、「今スコアないんだよね」と答えたとき、彼の表情が一瞬で「あ、この人やる気ないんだ」に変わった。悔しかった。悔しかったのに、その夜に私がやったことは、また「意味ない」で検索して、意味ないという結論に安心して寝る、だった。彼に見られた顔と、私が画面に向けていた顔は、たぶん同じだった。

だから最初に問い直したのは、サービスの是非じゃない。「私はなぜ、意味ないという答えを求めているのか」だ。この問いを立てた瞬間、記事に並んだ5つの理由が急に色あせて見えた。あれは全部、私の言い訳の材料庫だった。


「意味ない」記事が採点しているのは、私じゃなくて商品だった

もう一度、上位に出てくる記事を1本ずつ読み直した。料金が高い、コーチは教えない、終了後に続かない、コーチとの相性にばらつきがある、基礎がないと活かせない。5つの理由を並べてみて、あることに気づいた。この5つは全部、英語コーチングという商品を採点している。高いのは商品、教えないのも商品、続かないのも相性も基礎も、全部サービス側の評価だ。

採点表としては公平に見える。賛成の声と反対の声を中立に並べて、最後に「自走できる人には向いていて、教わりたい人には向いていない」ときれいに締める。読者は、向き不向きの一覧表を手に入れた気になって画面を閉じる。私も5回そうやって閉じた。

でも私が知りたかったのは、商品の点数じゃなかった。私が「英語コーチング 意味ない」と打ったとき、頭のなかで鳴っていた声は、もっと個人的で、もっと惨めなものだった。「また同じことになるんじゃないか」「私はどうせ続かない人間なんじゃないか」「今度こそお金を溶かさずに済むのか」。これは商品への質問じゃない。自分への質問だ。

商品が一般的に効くかどうかと、消耗すると1人でやめてしまう私に効くかどうかは、まったく別の問いだ。記事は前者にだけ精密に答える。後者は、問いの形にもならないまま表の外に置き去りにされる。だから私は、料金の相場もサービスの仕組みも隅々まで詳しくなったのに、いちばん知りたかった「1人になると折れる私は、それを外に出せるのか」だけは、5回読んでも一文字も受け取れなかった。

皮肉だったのは、記事が「意味ない理由」の筆頭に置く一文が、その答えの半分に触れていたことだ。「コーチが直接教えるわけじゃなく、結局は自主学習」。これを記事は減点として処理する。教わる場だと期待すると損だ、と。でも私にとってこの一文は減点じゃない。むしろ核心だった。「1人でやる自主学習で折れてきた私が、その折れる過程を外に出せるかどうか」こそが、成否を分ける唯一の分かれ目だったからだ。記事はそこへ一度も進んでくれなかった。


私が折れるのは「勉強」じゃなくて、いつも「1人になった瞬間」だった

過去の失敗を、勉強の中身のせいにしていた。単語帳が合わなかった、アプリが飽きた、教材が難しすぎた。でも失敗ログを時系列で書き出してみて、共通点が見えた。私が止まるのは、教材が難しくなった日じゃない。誰も見ていないと気づいた日だ。

大学のとき、友だち3人でTOEIC勉強会をやっていた時期は、点が上がった。集まると決めた土曜の朝10時に、教材を開いていないと気まずいから、金曜の夜に25分だけでも進めておく。あの「気まずさ」が私を机に向かわせていた。勉強会が解散した翌週から、私の勉強はぴたりと止まった。教材は同じ。難易度も同じ。変わったのは、見ている人がいなくなったことだけだった。

社会人になってからも同じことを繰り返した。1月に買ったオンライン英会話の月額プラン、最初の2週間は毎晩22時半に予約を入れていた。3週目、残業で1回飛ばした。誰も何も言わない。次の日も飛ばした。やっぱり誰も何も言わない。この「誰も何も言わない」が2週続くと、私は完全に消える。3月には自動更新の請求だけが残った。予約画面には1度もログインしていなかった。

ここまで並べて、ようやく認めた。私の弱点は英語力じゃない。1人になると止まる、その1点だ。単語も文法も、机に向かいさえすれば進む。問題は、机に向かう理由が「自分の意志」だけになった瞬間に、その意志がびっくりするほどあっさり折れることだった。意志で走れる距離が、私の場合は2週間しかない。

だとすると、私がお金を払って手に入れるべきものは、教える人じゃない。私の勉強を見ている人だ。金曜の夜に25分だけでも進めさせた、あの「気まずさ」を、意志が切れても消えないように外側から供給してくれる仕組み。英語コーチングの「進捗管理」と「毎日の報告」は、記事が減点していたその部分こそが、私の弱点にちょうど噛み合う道具だった。


高いコーチングにいきなり申し込む前に、私が置いた最初の一手

とはいえ、月20万円前後のコーチングにいきなり飛び込むのは怖かった。過去に一度お金を溶かしている人間の恐怖は、正当だと思う。だから順番を変えた。「1人だと折れる」を外に出す練習を、もっと安い場所で先にやってみることにした。いきなり本番の前に、規模の小さい伴走を1つ挟む。

試したのがスパトレだった。第二言語習得論をベースにしたトレーニングで、7日間の無料体験がある。私が魅力を感じたのは、レッスンの前に予習をやってこないと成立しない設計になっていることだった。予習をサボると、その日のトレーニングが回らない。この「サボると気まずい」が、大学の勉強会と同じ役割を果たしてくれる。しかも1回のトレーニングが決まった時間にあるから、22時半に予約が私を待っている状態を作れる。まず7日間、これで自分が本当に外部の伴走で走れる人間なのかを実測してみた。

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7日間やってみて分かったことが2つある。1つ、予習という「宿題」が外から与えられると、私は驚くほど机に向かう。意志ではなく締め切りが私を動かす。2つ、それでも自分の発音が相手に伝わっていないときの、あの気まずい沈黙は、私1人ではどうにもできなかった。トレーニングの相手は文法や理解を見てくれるけれど、私の口の動きそのものを矯正してくれる場所ではなかった。

そこで発音の穴だけを別で埋めることにした。使ったのがspeekだ。発音矯正に特化していて、自分の音がどこでネイティブとずれているかを可視化してくれる。無料トライアルがあるから、まず自分の発音の現在地を数字で見た。私はthの音とrの音が壊滅的で、それが「伝わらない沈黙」の正体だった。5年間ずっと見て見ぬふりをしてきた穴が、10分で見えた。

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この2つを7日ずつ回したとき、私は生まれて初めて、英語の勉強を14日間止めなかった。過去の最長記録が2週間だったから、記録タイだ。でも今回の2週間は、意志で走った2週間じゃなかった。締め切りと可視化された穴という、外側の仕掛けが私を走らせた2週間だった。これが私にとっての答えだった。私は続けられる人間になったんじゃない。続けざるをえない場所に自分を置けば走る人間だと分かっただけだ。


是非論争から降りて、私が次にやること

「英語コーチングは意味あるか」という問いには、もう興味がなくなった。この問いに答えても、私の英語は1ミリも進まないと分かったからだ。効くか効かないかは、私という個体の弱点しだいで変わる。一般論の採点表に、私の答えは載っていない。

載せ替えるべき問いは、「1人になると2週間で折れる私は、その折れる過程をどこまで外に出せるか」だ。この問いに答えられる形なら、それがコーチングでも、スパトレでも、speekでも、大学のときの勉強会でも、名前はなんでもいい。共通しているのは、私の勉強を私以外の誰かか何かが見ている状態を、意志が切れても残るように作れているかどうか、その1点に尽きる。

だから高額なコーチングを検討するのは、その次でいい。まず安い伴走で自分の折れ方を実測して、外部の締め切りで走れると確認できてから、もっと手厚い伴走にお金を出す。順番を逆にすると、私はまた「意味ない」に安心して、また請求だけが残る画面を作る。過去の私が3月に作った、あの1度もログインしていない請求画面を、もう作りたくない。

今日やることは決めた。speekで自分の発音の現在地を数字にして、スパトレの7日間で締め切りに背中を押されるかを試す。この2つを14日、意志ではなく仕掛けで回す。それでもし続いたら、私は「どうせ続かない人間」という5年ものの自己診断を、初めて更新できる。30歳まであと3年。5回目の「意味ない」検索で閉じた画面を、6回目は開かない。開く前に、もう予習を1つ終わらせているはずだ。

検索履歴に並んだ5つの日付を、私はさっき全部消した。あれは私の言い訳の記念碑だった。記念碑を残しておくと、また参拝しに来てしまう。次に検索窓に打ち込む言葉は、「意味ない」じゃなくて、今日の予習で分からなかった単語1つでいい。それが、5年後回しにしてきた私の、いちばん現実的な一歩だった。


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