スプレッドシートに5校並べて、私は何を採点していたんだろう
先週の日曜、夜の21時過ぎ。私はノートパソコンでスプレッドシートを開いて、セブ島の語学学校を5校分、横に並べていた。列は費用、期間、1日のコマ数、マンツーマンの本数、宿泊タイプ、日本人比率。行が増えるたびに、自分が仕事のできる人間になった気がして少し満足していた。営業事務の私は普段からこういう表を作るのが得意で、見積書の比較なら30分もあれば片づく。だからこそ、この作業には妙な手応えがあった。
A校は4週間で28万51000円、1日8コマ、うちマンツーマン6コマ、3人部屋。B校は同じ4週間で34万円だけどマンツーマンが7コマで個室。C校はスパルタ校で外出制限があるかわりに22万円台、D校は社会人向けを謳っていて41万円、E校はリゾート型で36万円。私はこれらを見比べて、コスパならA校、追い込みたいならC校、快適さならEかな、と頭の中で順位をつけていた。往復航空券が7万前後、現地のお小遣いが月に4万として、トータルでだいたい40万から50万の範囲に収まる。
ここまで表が埋まったとき、私はふと手が止まった。この表、いったい何を比べているんだろう。費用は現地で払う金額。コマ数は現地で受ける授業。宿泊も現地の寝床。全部、セブ島にいる4週間のあいだに私が受け取る中身の話だった。どの体験談を読んでも、レビューは現地で完結している。「マンツーマンを遠慮なく使えたのが良かった」「リスニングが伸びた気がする」「先生と仲良くなれて楽しかった」。楽しそうだ。羨ましい。でも私が40万払って確かめたいのは、セブで楽しかったかどうかだったっけ。
私が本当に怖いのは別のところにある。5月に成田から飛んで、6月末に帰ってくる。その帰ってきた7月の私が、はたして口を開いているのか。それとも成田に降りた瞬間に日本語の世界に飲み込まれて、あの4週間はきれいな写真フォルダとして残るだけなのか。表のどの列にも、その答えは書いていなかった。私は現地の当たり外れを一生懸命採点しながら、いちばん知りたい7月の自分を、1マスも作っていなかった。
体験談が測っているのは「セブでどう過ごしたか」だけで、7月の私は登場しない
気になって、ブックマークしていた体験談を10本ほど読み直した。読み方を変えて、「この文は現地の話か、帰国後の話か」だけを分類しながら読んだ。結果はほぼ全部が現地の話だった。到着初日の緊張、初回のレベルテスト、先生のあだ名、週末に行ったアイランドホッピング、寮のご飯のこと、フィリピン人講師の陽気さ。生活の解像度はものすごく高い。読んでいると自分がもう寮のベッドに座っている気さえしてくる。
帰国後に触れた文はどれくらいあったか。数えたら10本中8本が、最後の段落に1行か2行だけ「帰国後も継続が大事です」と書いていた。書いてはいる。でもそれは、写真展の出口に貼ってある「またのお越しを」くらいの重みしかない。何をどう継続するのか、帰った翌週に何時に何をするのか、そういう具体は1行もない。継続が大事という言葉は、大事だと言った瞬間に役目を終えている。
私が知りたかったのは他人の伸びじゃなかった
ある体験談に、TOEICが2ヶ月で120点上がった、と書いてあった。すごい。でもその人は、もともと英語を勉強し続けていた人だった。留学前から毎日単語をやっていて、たまたまその延長にセブがあっただけ。私は違う。英語をやりたいと言い続けて5年、実際に手を動かしたのは片手で数えられる回数しかない後回しの常習犯だ。継続してきた人がセブで伸びた記録は、継続してこなかった私が同じ結果になる保証にならない。
それなのに、体験談を読んでいるあいだの私は、その人の伸びをまるで自分の未来みたいに借りていた。他人が現地で話せるようになった話を、自分が帰国後も話し続ける話にすり替えて、勝手に安心していた。ここが取り違えだった。現地でどれだけ話せたかと、帰国後も話し続けられるかは、別の質問だ。前者にはレビューが山ほど答えてくれる。後者には誰も答えてくれない。
「行けば変われる」は決断を助ける言葉じゃなくて、来週へ送るための許可証だった
この半年、私は毎晩のように体験談を読んでいた。読み終わると必ず同じ感覚になる。「行けば変われる気がする」。この一文がやってくると、なぜか安心して眠れた。おかしいと思ったのは、その安心が翌朝には何も残していないと気づいたときだ。行けば変われる気がする、で寝て、次の日も何もしない。また夜になって体験談を開いて、行けば変われる気がする、で寝る。この輪をもう40回くらい回している。
行けば変われる、という言葉は前向きに聞こえる。でも私にとっては、今日は何もしなくていいという免罪符として働いていた。だって、セブに行きさえすれば全部変わるなら、今日の私が英単語を10個覚えるかどうかなんて誤差だ。留学という大きな解決が待っているから、目の前の小さな面倒は全部そこへ先送りしていい。行けば変われるは、今日から逃げるための最高の言い訳だった。
去年の10月、私は同じ言い訳で1つ逃げていた
思い出したくない話がある。去年の10月、会社に外国人の取引先が来て、私の隣の席の同僚がその場でメールの英訳を頼まれた。彼女はTOEIC600ちょっとだと言っていて、私より低いはずなのに、辞書を引きながら30分で1通を仕上げて先方に送った。私はその横で「私に振られなくてよかった」と思っていた。振られたら固まっていた自信がある。手を動かした彼女と、動かさずに済んでほっとした私。英語力の差じゃない。600でも今その場で1通書く人と、行けば変われると毎晩つぶやいて何も書かない私の差だった。
あのとき気づくべきだった。セブに行っても、この癖は成田で荷物と一緒には捨てられない。帰国した7月の私が、また「振られなくてよかった」と思う側にいるなら、40万は10月の私を7月に運んだだけになる。場所を変えても、逃げる手つきは持ち帰る。
40万の契約の前に、2週間だけ自分で回してみる小さな検証
それで私は、表の作り方を変えることにした。5校を横に並べるのをやめて、縦に1つだけ質問を置いた。「帰国後の私が、放っておいても英語に触れる回数はいくつか」。この数字を上げる仕組みをセブで持ち帰れる学校を選ぶ、という基準にした。そのためには、まず今の私がどれくらい継続できない人間なのかを、留学契約の前に自分で測っておく必要がある。
やり方はシンプルにした。今日から2週間、毎日25分、決まった時間に英語を口に出す。私は平日の朝7時20分に決めた。出社前、コーヒーを淹れる15分のあとにそのまま25分。土日は22時。この2週間で何日続くかを、さっきのスプレッドシートの新しいシートに正の字で記録する。もし14日中10日を超えられたら、私はセブでもたぶん回せる。もし3日で崩れたら、崩れる原因を先に潰さないまま留学しても同じことが起きる。40万を払う前に、無料で自分の継続力を測れる。
口に出す相手はオンラインで作った
25分をただの独り言にしないために、話す相手を用意した。私はオンライン英会話を使うことにして、朝7時20分に予約を固定した。相手が画面の向こうで待っているという事実は、私の後回し癖にちゃんと効いた。1人だと二度寝するけれど、25分後に人が待っていると、体が起きる。この「人が待っている」を帰国後も維持できるかが、私にとっての7月の分かれ道になる。
そして留学そのものの相談も、現地の当たり外れを聞くのではなく、帰国後の続け方を一緒に考えてくれる窓口を探した。ネイティブキャンプは留学のあっせんもやっていて、帰国後にオンラインへつなげる流れを前提に見積もりを出してくれる。現地4週間で終わりにせず、帰った翌週も同じアプリで話し続ける道が最初から地続きになっているなら、私が持ち帰りたい仕組みに近い。まず無料で費用の見積もりだけ取って、現地の金額と帰国後の月額を1つの表に並べてみることにした。
学校選びの基準を「現地の快適さ」から「帰った翌週の私」へ置き換える
基準を変えたら、A校からE校の順位がまるごと入れ替わった。前は個室で快適なB校が上位だった。今は「帰国後にオンラインへ移行するサポートがあるか」「現地で使った教材を帰ってからも続けられるか」「卒業生が3ヶ月後にどうなっているか」の3つで見る。快適さは4週間で消える。仕組みは持ち帰れる。この違いを軸に置き直した。
C校のスパルタ型は前は「きつそう」で敬遠していたけれど、外出制限があるぶん強制的に英語漬けの型が体に入る。問題は、その型を帰国後の日本で自分で再現できるかだ。強制がなくなった瞬間に崩れるなら、スパルタで作った習慣はセブに置いてくることになる。だから私はC校を選ぶなら、帰国後に強制の役割を代わりに担うもの、たとえば毎朝のオンライン予約をセットで組む前提でしか検討しない、と決めた。
数字で見る、現地と帰国後をつないだ場合の総額
試しに1つ計算してみた。A校の4週間で28万51000円、往復航空券7万、現地のお小遣い4万で、留学だけなら約39万51000円。ここに帰国後のオンライン英会話を1年続けると、月61000円として年間7万21000円。合わせて約46万71000円。金額だけ見ると増えているように見えるけれど、留学39万51000円が7月で終わって元に戻る場合と、46万71000円で7月以降も口を開き続ける場合を比べると、1回あたりの英語に触れる回数で割った単価は後者が圧倒的に安い。私が採点すべきなのは4週間の値段じゃなくて、この単価だった。
相談は「聞きたいこと」を紙に書いてから行く
無料相談会に行くとき、私は現地の生活を質問するのをやめた。かわりに紙に3つ書いていく。「帰国後3ヶ月時点の卒業生の継続率はわかりますか」「現地の教材を日本で続ける手段はありますか」「オンラインへの移行サポートはありますか」。この3つに具体的な数字や仕組みで答えられる学校なら信用できる。「みなさん楽しんでますよ」しか返ってこないなら、その学校が売っているのは4週間の思い出だ。フィリピン留学ナビの無料相談会は複数校をまとめて比較できるので、同じ3つの質問を各校にぶつけて、答えの質を横に並べるのに使えると思った。
30歳まであと3年、今日踏める一歩は「行くかどうか」の外にある
27歳の私に残された時間は、ワーホリのビザ条件を考えると実質そんなに長くない。多くの国が30歳の誕生日前日までに申請、という線を引いている。逆算すると、セブで英語の土台を作って、ワーホリで実戦に出るなら、動けるのは28歳のうちだ。この現実を前にすると、決断を来週に送る癖はもう笑えない。1週間送るごとに、選べる国と職種が静かに削れていく。
でも、だからといって今日いきなり40万の契約書にサインするのは、また別の後回しだ。大きな決断を一発で下すのは、実は先送りと同じ顔をしている。どちらも「今日の小さな一歩を飛ばす」という点で同じだから。私が今日踏むべきなのは、契約でも見送りでもない。今夜22時に、オンライン英会話の無料体験を1コマ予約して、25分だけ英語を口に出す。それだけだ。
この25分が、留学の要否を私に教えてくれる。もし25分がちゃんと回るなら、私は仕組みさえあれば動ける人間だとわかる。だったらセブは、その仕組みを一気に濃くしに行く場所として意味を持つ。もし25分すら回らないなら、40万を払っても同じで、まず日本で25分を回せる自分を作るのが先になる。どちらに転んでも、今夜の25分は無駄にならない。
今日の夜にやることを、時刻まで決めておく
あいまいな決意は後回しの餌になるので、今夜の手順を時刻で固定する。22時、スマホでオンライン英会話の無料体験に登録する。22時10分、いちばん早い枠を予約する。22時半、25分のレッスンを受ける。話す内容は決めなくていい。自己紹介と「今日の天気」くらいで十分だ。大事なのは中身の完成度じゃなくて、後回しの手を1回だけ振りほどけたという事実だ。
そして明日の朝、正の字を1本書く。この1本が2週間で10本を超えたとき、私は初めて自分の意思で留学の見積もりを開く資格を持つ。表の5校を採点していたころの私は、行くか行かないかの二択で固まっていた。今の私が握っているのは、今夜の25分を回すか回さないかの、もっと小さくて、もっと確かな一択だ。7月に口を開いている私は、この夜の1本目から始まる。行けば変わるんじゃない。今夜動いた私だけが、セブでも帰国後も動き続ける。
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